朱墨小隊
第63話 因縁
旭達を快く送り出したのは、彼に聞かれたくない話をするためでもあった。
「旭くん達は旅行中ですから、万に一つも聞かれる可能性はありません」
閑散とした空間に、光の声。業務に一区切りがついたらしい色を、光は寂れた喫茶店に呼び出していた。
「今日こそ話してもらいますよ」
問い質された色は、苦いコーヒーに口をつけてからゆっくりと口を開く。
「……どこから話せばいい?」
「僕らの前から姿を消した、あの日のことから」
「わかった」
色は語り出す。
「……まあ、よくある話さ。作戦中、急に命が惜しくなった。だから俺はヒトヨロイを捨て、護身具だけ持って逃げたんだ」
光は耳を疑った。
「逃げた、ですって?」
信じられない。
「ああそうだ」
「逃げたって……あなたほどの人が、どうして、そんな……」
色は超優秀なフォワードだった。ヒトヨロイの扱いにおいて他の追随を許さない、掃儀屋の中でもトップクラスとうそぶかれる人間だ。
度胸があって機転も利き、ヒトヨロイの扱いにも長ける。いわゆる憧れの的。
「それだけじゃあなにもわかりませんよ。もっと詳しく話してください」
過程が丸々すっぽ抜けている。そのような話で誤魔化されるてやるほど、光は彼に心酔していなかった。
最初は渋っていた色だが、光の三回目の催促を受けてようやく口を割る。
「あれは、俺が任務でこの街に来た時のことだ」
※
作戦のための一時拠点として組織が用意したのが、瀬織だった。
旅館の側にも仕事の都合による長期滞在という話こそ通しているものの、肝心の仕事内容については守秘義務で通す。一切の情報を渡さない掃儀屋を受け入れたのが、この瀬織だけだったとも言う。
そんな怪しさで塗り固められた色達朱墨小隊を快く持て成してくれたのが、雄飛・まひる夫妻だ。
当時、婿入して日が浅く、若旦那として忙殺されていた雄飛だが、大口顧客であるところの色は大変によくしてもらった。
……今にして思えば、彼らは全ての顧客に誠心誠意接していたのだろう。
とにかく、色は最上級のサービスで作戦前の休暇を満喫していた。
過酷な業務を忘れ、仲間と共に過ごしたひととき。緩やかな時間は、しかし長くは続かない。
"敵" の動向により、作戦開始時刻は丸一日早められた。
静まり返った真夜中の神社で、ひとり佇む袴の男。
「いい夜だ。神の名を騙るのに、これほど適した夜もないな」
眠るように細められた月明かりに照らされたのは、たったひとりの
拍子抜けするほどの戦力差。こちらは完全武装の一個小隊に対し、敵方は日本の刀を携えた男が一人。伏兵の反応もない。
「俺の刀も冴え渡る――」
短い方の刀を抜いた。
「かかれ」
加減はしない。全戦力を一気に叩き込む。
男は嗤う。
派手な紋付羽織袴を翻し、浅黒い刀身を月明かりにかざした。
「ライジング・インパクト」
雷撃。
それは神の雷槌か。重量級のヒトヨロイに身を包んだ小隊員達が、いとも簡単に薙ぎ払われる。そんな馬鹿な。
空を見上げる。雲ひとつない拓かれた夜空。街明かりにも邪魔されず、月はまだそこにある。
妖魔の力を半減させる月明かりが燦々と照らす、魔とは逆の力が渦巻く神域。そんなロケーションでこれほどの力を振るえる魔のモノが、果たして存在するのだろうか。
……いいや、あるいは。
辿り着いた結論に、色は震えた。
「ああ、ようやく気づいたみたいだな」
男の口が釣り上がり、三日月のような笑みを浮かべる。
「撤退だ……この装備じゃ足りない……」
尚も立ち上がる小隊員に向け、色は叫んだ。
「撤退だ!! 勝ち目のある戦いじゃない!! 俺がこいつを押さえるから逃げろ!!」
足の震えを押し殺し、男の前に躍り出た。三丁の銃で牽制しながら、雷撃を警戒し何度も立ち位置を変える。
そもそも色の得意分野はタイマンでの果し合い。このトライスコーピオもそのためのモデルだ。
左右にステップを踏みながら接近。雷撃を回避し銃剣で刀を押さえる。
「おお、お前は動きにキレがあんじゃねえの!?」
軽口を無視して発砲。しかし男は大きく状態を逸らしてそれを回避。そのままの姿勢で足払いを仕掛けてきた。
軸足をとられ右に倒れる。その勢いで横に飛び、続く一撃を回避。副腕をバネにし素早く起き上がった。
ほんのわずかに発生した立ち上がりの隙を、適当な弾幕で塗りつぶす。
「やるぅ!」
居合の構えのまま、男は瞬時に場所を変えた。縮地か? 更なる移動を見越して、色は複数方向に弾幕を展開する。三方向に向けられた三丁の銃による、間緩さのない牽制。
急接近は危険と踏んだのだろう。男は跳躍した。即座に構えを解いた色は、上空からの一撃を銃剣で受けとめた。
「ライジング・インパクト!」
防御を捨ててバックステップで回避。銃が一丁破損した。まだ発砲だけならできるが――色はそれを男に投げつける。
「おっと!」
その隙を突き急接近。副腕を用いた三次元軌道で土手っ腹に蹴りを入れる。
もしもここに観覧者が居れば、それは接戦に見えたであろう。
だが、色は見切っていた。この男はまだまだ手を抜いている。色の実力を見抜き弄んでいるのだ。
それが恐ろしくてたまらない。
掃儀屋のエースである色は、これまで幾度となく強敵と死合い、その度に生還してきた。撤退を選択したのも初めてのことではない。辛くも敗北を喫したことだってある。
だが、そのいずれにおいても色は敵戦力を完全に把握し、二回目の作戦行動では確実に仕留めてきた。相手の "底" を見誤ったことは、今の今まで一度もない。
しかし。
「ライジング・インパクト!!」
「くっ……!」
何度も刃を交え、切り結んでいるというのに。
「はあ!!」
「やるねえ……」
何度も相手の技を回避し、カウンターを叩き込んでいるというのに。
「楽しいなあ! こんなに骨のある相手は久しぶりだ!」
目の前の男の力の底が、未だに計り知れないのだ。
息を切らし、色は跳ぶ。足を止めればすぐに稲光が襲いかかり、こんな装備など一瞬で焼き尽くされてしまう。
自分が逃げ出す時間すら稼げない。
こんな事態は初めてだ。
※
「恐ろしい相手だった。俺はずっと震えていたと思う」
色の話を聞きながら、光はずっと考えていた。
そのド派手な格好に、刀から放たれる雷撃。確かな剣の実力を持った、月光や神域をものともしない魔のモノ。
「先輩、その男の名は、もしかして……
色の額に、一筋の汗が流れる。
「……なぜ、その名前を?」
彼は恐れていた。雷光という存在を。恐れるあまり、彼は今ここに居る。
だがしかし、光がこの地に居る理由もまた、その男によるものなのだ。
「簡単な話ですよ。源雷光は、再びこの地に現れました」
「なん……だと……」
その顔に浮かんでいたのは、見たこともないような恐怖であった。
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