第58話 神託

 正午の日差しが真上から突き刺さる。

 ある日の威容は見る影もなく、荘厳なおやしろはみすぼらしい廃墟と化していた。

 薄汚れた鳥居をくぐり抜け、暁火は中を見て回る。どこも草木が生い茂っていて、ここから周囲を見渡せるような状況ではない。

 昔は、もう少し見晴らしのいい場所だったのだが。

(それにしても……)

 祟りだなんだと騒がれていたからか、荒れ放題で整備された様子がない。

 十年経った今でこそ沈静化したが、当時はもう火を放たれるのではないかという程に不気味がられていた。一晩でいくつもの灯籠や狛犬が損壊した上、社務所が倒壊し死者まで出たのだから致し方ない。

 ……その死者の娘であるところの暁火もまた、当時は得体のしれない恐怖に怯えていたものだ。

 だが、今はどうだ。

 母――上山かみやま まひるは、本職巫女としてこの神社に勤めていた。だからだろうか。ここに居ると、わずかに安心感を覚える。

 それ故に、この惨状がとても悲しいことのように思えた。

「……少し、片付けてくかな」

 乱雑に投げ捨てられた竹箒で、参道に散らばったゴミを掃き捨てる。誰も寄り付かないからか、ゴミのほとんどは枯れ枝や落ち葉などの自然物。それがまた哀愁を誘う。

 境内の土埃を払ってやると、少しは見られるようになった。

 とはいえ、それでもまだ。

 ひび割れた石畳を踏みしめ、神社の全景に目を向ける。

 視界に収まりきらないほどの立派な敷地。かつては栄華を極めた、さぞ高名な神社だったらしい。その寂れ方からは、人が来なくなったこと以上のなにかを感じられた。

 そんな廃墟群の中でもひときわ存在感を放つのは、瓦の割れた拝殿だ。

「まあ、せっかくだし」

 溺れる者は藁をも掴む……と言ってしまうと、縁起が悪い気もするが。

 薄汚れた賽銭箱に、適当に小銭を放り込む。鳴らす鐘は安全のためか下ろされているので省略。

「二礼二拍一礼……だっけな」

 今更調べ直すのもどうかと思い、記憶に従いそのまま拝む。

(旭が無事で居てくれますように……)

 ……こんなところだろう。

「あ、暁火ちゃん! こんなところに――」

 真彩の声だ。飛び出した暁火を探して回っていたのだろう。申し訳ないことをしたと思いつつ振り返ると、彼女は驚きを顕にしていた。

「きょ、暁火ちゃん、後ろ……!」

「え?」

 再び拝殿へ振り返る。

 賽銭箱が、鈍い光を放っていた。

「な、なにこれ……」

 それはまるで蛍のように、鈍い明滅を繰り返す。ぼわん、ぼわん、と。ほんのわずかな光量が、しかし確かに箱の中から溢れ出ていた。

 それはやがて、先程放り投げた五百円玉に集まっていく。カタカタと音を立て、徐々に、徐々に浮き上がる。

「神社に、幽霊……?」

 真彩が呟いた、次の瞬間。

「あいた!?」

 光り輝く五百円玉が彼女の額に直撃した。間を置かずに再び飛び立ったそれは、今度はどこかへ飛んでいってしまう。

「あっちだ!」

 追いかけると、少しだけ周囲を見渡せる場所へ出た。視界の中、遥か遠くに強い輝きを放つなにかが飛び去っていく。

 終着点は――山間部、深い谷の底。

「……旭は、あそこに居るのかも」

 導かれるように、暁火は呟く。

「え?」

「わかんないんですけど、多分、そんな気がします」

 これが、ご利益なのだろうか。

「……わかった。行ってみよう」

 あの辺りなら、車で一時間もかからない。宿に戻った二人は、すぐさま車を走らせるのだった。



 目を開けたのになにも見えない。

 それが視界を塞ぐ黒い布のせいだと気づいたのは、鼻をくすぐる柔らかな布にくしゃみを誘われた時のことだった。

 これはルディの黒衣だ。

「そうだった……」

 声を出して確認する。旭は今、ヴィルデザイアの中に閉じ込められていた。

 正確に言えば、ヴィルデザイアごと閉じ込められていた。

「ルディさん、大丈夫ですか?」

 覆いかぶさるようにして気絶しているルディを、なんとか揺すり起こす。

「ん、ああ……旭か。……お互い、なんとか無事なようだな」

「でも、ここから出られませんよ……」

 コックピットハッチは完全に岩で塞がれている。機体はなんとか再起動したが、幾重にも積み重なった岩を下から突き上げるのは困難だ。どれも身の丈以上のサイズで、その上複雑に噛み合ってしまいびくともしない。

(お腹すいたな……)

 スマホで時間を確認する。もうすぐお昼だ。

 電波状況は芳しくなく、今も弱と圏外を行き来している。充電も心許ない。これではマトモに助けを呼ぶこともできなかった。

 ……と、気の抜けた音が機内に響く。旭の腹の虫が音を上げたのだ。

「……食べるか?」

 ルディが懐からなにかを取り出す。宿で出しているお茶菓子の煎餅だ。

「ルディさんはいいんですか?」

 空腹状況は彼女も大して変わらないはず。しかし彼女は首を横に振った。

「私は構わない」

 女性は食が細いということだろうか。

「それじゃあ、遠慮なく……」

 ほのかに温かい醤油煎餅は、しかし塩味が効いていて喉が渇く。大して腹にもたまらない。

「これからどうしましょうか……」

「どうもこうもならん……この状況ではな……」

 身動きができないならもうお手上げだ。メテオフラッシュも目の前の岩に孔を開ける以上のことはできないし、前後もわからないこの状況でむやみに撃って新たな崩落を誘発してもつまらない。

 どうにもならない状況に手をこまねいていると、どこか遠くから話し声が聞こえてきた。

「雷光くんも人使いが荒いんだよなあ。君もそう思わないかい?」

「お、お父様は、きっとなにか考えがあって……」

 お菊とコウガだ。それとこの大きな足音は、ヒトヨロイのものだろうか。

「考えは誰にでもあるだろうよ。例えば、今回みたいな状況じゃあ……サボりたい、とかね」

「お菊さん……!」

「あはは、冗談だよ冗談」

 なにやら談笑までして気楽なものだ。こちらは絶体絶命大ピンチだというのに。

 いいや、だからこそなのだろうか。

 彼らはこう続けた。

「しっかし恐ろしいこと考えるよね。がけ崩れに巻き込んだ上にコンクリ漬けにしちゃおうなんてさ」

「念には念をって、言ってましたよね……」

 聞き捨てならない。

「コンクリートだと?」

「マズいですよこれは……!」

 ただでさえ身動きの取れないこの状況で、コンクリートまで流し込まれたら……もはや外部からの救助も難しくなってしまう。

 どうなるヴィルデザイア!? どうなる旭!?

 彼らの運命やいかに。



 続く

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