第59話 紅の翼

 耳を澄ませて、外の状況を探る。

 岩肌を登る巨大な構造物。ごつごつとした斜面をなかなか上手く登ることができず、何度も何度も毒づく二人。

「生コンってなんでこんな重いかな……! こんなマシンじゃ登れないよ!」

「仕方ないじゃないですか……ただの偵察みたいなもんなですから……。あ、サボらないでください!」

「まったく、親子揃ってほんとに人使いが荒いんだから……!」

 幸いなことに相手の士気は低く、作業も手間取っているらしい。しかしこちらも悠長に考えている余裕はない。

「ここでこっちが生きてることをアピールしたら向こうも作戦を変えるんじゃないですか?」

 現状が手詰まりである以上、とにかく状況を変えるのが活路への近道ではないのだろうか。しかしルディは難色を示す。

「それであのムカデを持ち出されたら今度こそ終わりだ。どうせ動くなら……連中をここから狙い撃ちしたほうがいい」

「流石に僕の技量でそれは現実的じゃありません」

「……そうか。お前ならもしやと思ったんだが……」

 特別射撃が下手なわけではないが、しかし決して上手くはない。メテオフラッシュも、基本的に接近戦で使うぐらいだ。

「なら助けを呼ぶ方向で考えるか? 掃儀屋の装備ならこの岩もなんとかできる」

「うーん……」

 電波が一切入らないわけではない。直接光達の連絡先を知っているわけではないが、宿に繋いで取り次いでもらうことはできるだろう。あるいは、真彩にかけてもいい。

 だが、バッテリーが心許ない。途切れ途切れの電波にめげずにリトライを続けて、電源が切れる前に伝わるのかどうか……。

 そもそも、こんな状況でGPSが正常に動作している保証もなかった。

「なんか、連絡するのにいい感じの魔法とかないですか?」

「役に立つのはないな」

 案外不器用な人なのだろうか。魔法のことはよくわからない。

「なんとか、電話を……そうだ」

 旭はマップアプリを開き、現在位置のスクリーンショットを撮る。それからメッセージアプリを開き、真彩の電話番号で検索した。

「どうするんだ?」

「電話じゃ切れたら掛け直しですけど、文字と画像なら途切れても伝わるので……」

 だが、いつまで経っても検索が終わらない。電波状況が悪すぎるのだ。

 なら、登録済みの相手ならどうか。あまり巻き込みたくはなかったが、暁火に画像を送れば――

「ふう、やっとついたね。さてと……」

 頭上から声。まずい。

 上に気を取られたその瞬間、アンテナマークが圏外を示す。駄目だ。一度アプリを全て落とす。駄目だ。機内モード入切。これも駄目だ。

 いつまで経っても電波は戻らず、メッセージアプリは読込中。

「動け……動けよ!」

 再起動も試してみるか? バッテリーの残量が不安ではあるが――

「さあ、これで埋立地だ」

 コンクリートが流し込まれる。早く、早く、早く――!

 意味もなく画面を連打する。画面に汗が垂れた。いつの間にかかいていた冷や汗が、顎から滴り落ちたのだ。

「間に合え……!」


 その時だった。


 ――「旭!!」

 暁火の声が、聞こえた気がした。


 直後。

「うわっ、なんだ!?」

 直上で悲鳴。更に。

「わっ――」

 眩い光が旭の視界を塗り潰す。なにが起きた? ヴィルデザイアとの視界のリンクは切っている。

「なんだ!? なにが起きてる!?」

 ルディにも見えているらしい。

「わかりません……!」

 だが、それでも――この一筋の光が奇跡をもたらすモノであることは、直感でわかった。

 ――「どこからでも、私が絶対に連れ戻すから」

 声が聞こえる。

「お姉ちゃん!?」

「機体の出力が……上がっている!?」

 ルディの言葉にリンクを再確立。彼女の言う通りだ。機体の出力が、比べ物にならないほど引き上がっている。

「なんだかわからないけど……これなら!!」

 腕が動く。足が動く。いいや、それだけではない。機体の内側から溢れ出すパワーが、解放されるその時を今か今かと待ちわびている。

「行くぞ!!」

 飛翔。

 それはまるで朝焼けのような、紅い紅い光の翼。

 その姿は、川べりに集う鳥達のように。その背にたたえた双翼で、思いのままに空を舞う。

 岩石の山を飛び出したヴィルデザイアは、遙か上空から大地を見下ろした。

「と、ととと飛んでる!?」

「嘘だろ……?」

 ヴィルデザイアに飛行機能などなかったはずだ。しかし、今この機体は確かにその背中の翼で飛び上がり、今も落ちることなく空を飛び回っている。

「なあにあれ……聞いてないんだけど……」

「と、飛んだ……どうして……お父様はそんなこと言ってなかったのに……」

 呆然とするお菊とコウガ。チャンスだ。旭は蜻蛉を切って急降下する。

「わ、やばっ」

 我に返ったお菊がコウガ機の首根っこを掴んで回避行動を取った。旭はそれに追随。機体を旋回させ、落下地点を調整する。

「当たれええええええええええええええええええええ!!」

 地上――激突!

 風が舞い、大地が割れる。巻き上がる砂煙に映るのは、崩れ落ちるヒトガタの影がふたつ。

 終幕。

「致命傷は避けたか……逃げるよコウガ!!」

「はい……くっ」

 全壊した機体から飛び降りた二人が走り去る。

「待て!」

 追いかけようと一歩を踏み出す。が、次の瞬間、ヴィルデザイアが力尽きたかのように膝をついた。溢れ出すエネルギーは鳴りを潜め、翼もとうの昔に消え去っている。

 外的要因による一時的なパワーアップ? 先程までの出来事を思い返している旭に、ルディはこう言った。

「炉心がオーバーヒートしている。しばらく休ませる必要があるな」

「そうですか。さっきのは一体……」

「わからない。少し調べてみる必要がありそうだが……それより優先すべきこともある」

 機体から飛び降り軽くストレッチをしていると、真彩と暁火が迎えに来た。暁火は車から飛び出すなり、旭に駆け寄り肩を叩く。

「バカ! また勝手に居なくなって……」

 そういえば。

「……ごめん。でも、お姉ちゃんのおかげで助かったよ」

 あの時、彼女の声が聞こえた気がした。

「……そう? よく、わかんないけど」

 世辞の類だと思っているのだろうか。彼女はいまいちピンと来ていない様子だ。つまり、自発的になにかをしたわけではないのだろう。

 わからない。……が、確かにルディの言うように先に調べなければならない事柄がある。

 ――『戦場原いくさばはらのオオムカデ』

 雷光が言い残した、あの山の正体だ。



「今回も駄目だったよ」

「申し訳ありません、お父様……」

「チッ、悪運の強い連中め。……なあ、コウガ」

「はい?」

「お前、なんか少し嬉しそうじゃねえか?」

「い、いえ、決してそんなこと……」

「どうだかな……オラッ!!」

「うぐっ」

「ちょ、雷光くん!?」

「反省しろ。俺が機嫌悪い時にそんなニコニコ話しかけてくんじゃねえ」

「ご、ごべんな、さ……」

「……この男、ほんっとに」

「なんか言ったか?」

「いいや、なにも」

「そうかよ。……フン。どいつもこいつも、気分が悪いぜ」

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