乙女の祈り

第57話 ヴィルデザイア、岩壁に死す!

 家事都合などお構いなし。その日も奴らは訪れる。

 風呂上がりのルディにそのまま連れられ、暗雲立ち込める宿の外へ。結界越しでもわかる雲の色。今にも雨が降り出しそうな空模様の中、奴は姿を現した。

「よおクソガキ。大層なご活躍だったみたいじゃねえか」

 源雷光。その姿を、久しぶりに目にした気がする。

「そっちこそ、逆十字軍以来じゃん。ビビってたの?」

一見いちげん相手はけんに徹してたんだよ。武人の基本だ」

 開幕嫌味に煽り返すも、あまり効いていないらしい。舌戦では不利だ。

「口を利いてやるだけ無駄だ」

 すぐさまヴィルデザイアを呼び出すルディ。すると雷光は露骨に機嫌を悪くした。

「……なんだ、釣れないねえ。俺はもう少しクソガキとお喋りしてたいんだが」

「好かれてるみたいだぞ」

「僕は嫌いですが……」

 確かに、強い敵意は感じない。なにか狙いがあるのだろうか。訊ねなくとも、雷光は勝手にベラベラ語り出す。

「いやさ、最近ヨソのシマから色々出張でばって来てるだろ? で、お前らの戦力も増えたっぽいし勝手に潰しあってくれねえかって考えてたわけ。でも結果はどうよ。お前らマジで強すぎるんだわ」

 主題がよくわからない。要領を得ない語り口にわずかばかりの苛立ちを覚えつつ、彼の言葉に耳を傾ける。

「お前だけでも厄介なのにもう一体居るもんな。そりゃあそうだよ。アレって普通は一体だけで戦うもんなんだぜ。この街だけ過剰戦力なんだよ」

 与太話に付き合ってやる義理はない。旭は結論を急かした。

「だからなんだって?」

「だから個別で潰そうってわけ」

 雷光が指を鳴らす。空間転移――サッキュバスと同様のものだ。せり立つ岩肌、崖の麓に飛ばされた旭達は、そこに待ち受けていた存在を見て絶句した。


 ――山程もある、巨大なムカデ。


 雷光は高笑いする。

戦場原いくさばはらのオオムカデだ。四つ隣の山から連れてきたんだぜ」

 その異様なサイズには、見覚えがあった。

「……まさか、この前山が増えてたのは」

 旭の言葉に、雷光は手を叩いて応える。

「ピンポーン、ご名答だ」

 邪魔が入って有耶無耶になっていた答えと、こんな所で巡り合ってしまうとは。その迫力に、旭は固唾を飲み込んだ。

「狙いはなんだ」

「今日はこうだ」

 ルディの問いに、雷光は極めてシンプルな回答を示す。オオムカデが岩肌に体を叩きつけたのだ。

「なっ、まさか――」

 大地を割らんばかりの地鳴り。不安定な岩肌に、巨大なヒビが走る。

「そのまさかだ!!」

 崖が崩れた。

「クッ、逃げるぞ旭!!」

「はい!」

 旭はヴィルデザイアに乗り込み、片手でルディを抱え上げる。

「させねえぜ!」

 突如現れたガシャドクロ。背後から羽交い締めにされて、身動きが取れなくなる。

「じゃあな!」

 オオムカデの背に乗って、雷光は去っていく。対する旭は絶体絶命。なんとかルディをコックピットに放り込むも、それ以上は――逃げることすらままならない。

 巨大な岩が視界を塞いだ。次から次へと注ぎ込む岩石が、ヴィルデザイアの動きを封じていく。

「くっ、卑怯だぞ……。卑怯だぞ、雷光……!」

 喉が枯れるほど叫んでも、応える声はなにもない。

 その間にも岩肌は崩れ、容赦なく周囲を埋め立てる。遂にはガシャドクロが圧殺され、ヴィルデザイアもバランスを崩した。

「こんな、こんな……!」

 もはや頭上でなにが起きているのかもわからない。

「落ち着け、旭」

「雷光……あの野郎……」

「落ち着け!」

「うあああああああああああああああ!! 雷光ううおおおああああああああああ!!」

 崩落にかき消される絶叫。

 落石に飲み込まれたヴィルデザイアは、遂にその動きを止める。衝撃吸収機能が停止し、大地の怒りが旭達二人に牙を剥く。

 響き渡る轟音と、舞い広がる土煙。

 数十分に渡る責め苦の末、二人は意識を失った。



 旭とルディの姿がない。

 暁火にとってそれは一大事だった。

 ルディについてはよく知らないが、少なくとも旭はなにも言わずにフラッと行方を眩ませてしまうタイプではない。目的地までは言わずとも、出かけることだけは必ず誰かに言い残していくのだ。

 幸か不幸か、一応の心当たりはある。

 故に暁火は、朝早くから真彩を問い質していた。

「この前戦ったみたいな相手、まだまだ沢山居るんですか?」

「……居るよ。でも、こうやって行方がわからなくなったことは初めてで――」

 彼女はアテにできそうにない。暁火はすぐに駆け出した。

「あ、ちょっと暁火ちゃん!?」

 居ても立っても居られない。暁火は宿を飛び出して、ひたすらに考える。昨夜になにが起こり得て、旭はどこへ行ったのか。

 勝手に居なくなるなんて。

「旭の、バカ……」

 昨日、約束したばかりなのに。

 泣きそうになるのを必死に堪える。深呼吸して思考を整理。サッキュバスのようなバケモノと、ヴィルデザイアなる巨大ロボット。あんなものがあるのなら、なにが起きても不思議じゃない。

(でも――)

 旭はまだどこかに居る。

 それは強い想いの生み出した第六感か、あるいはただの願望か。どちらにせよ、暁火が捜索をやめる理由にはならなかった。

「必ず、見つけてやるんだから……!」

 拳をギュッと握りしめ、強い決意と共に胸に抱く。

 落ち着け。

 探すにしても、どこを探す?

 先日のサッキュバスのような転移能力で拉致されたとすれば、ただ近くを我武者羅に探して回ったところで見つかるわけがない。

 いいや、そもそもだ。行方がわからないのは旭だけではない。度し難いことに同じ部屋で寝泊まりしている二人が、個別にそれぞれ居なくなるとは考えにくいだろう。

 だとすれば、あのよくわからない超強い魔女が一緒に居るのだとすれば。生半可な驚異には対処できるのではないか。

 仮説を立てる。

 先日のように攫われた二人は、未だにどこかで戦っているのではないか。その上で、その結果に問題があるのではないか?

 仮に二人が負けていたとしたら、こちらになにも影響がないのは不自然だ。なら、未だに決着がついていないとしたらどうだ。それなら筋は通る。

 暁火は考えた。

 ならば、この辺り一帯を、できれば先日の森の辺りまで見渡せる場所に行きたい。

「……とにかく、登ってみるか」

 まずはこの街の一番上――祟で潰れたなどと噂される、能売川神社の跡地に向かおう。

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