第45話 善虎猿軍団

 外に出ても、ルディは不機嫌なままだった。

 浴衣のまま出かけてくれただけでも御の字といったところだろうか。そもそもこうして一緒に出かけてくれたこと自体が僥倖と言ってもいい。彼女はそれぐらい強情だ。

 対して、真彩と暁火はこの喧騒を楽しんでいた。

「旭! たこ焼き買おう!!」

「イカ焼きもあるよ旭くん!」

 因みに旭は射的がしたいお年頃だ。とは言え最初に腹ごなししておくのも悪くない。

「ルディさんはなにか食べたいものありますか?」

「……鯛焼き」

 意外なチョイスだった。



 日が落ちる前にとかき氷を食べて、そういえば飲んだことなかったなとカチワリを飲んで、興味本位で買った激辛たこ焼きが辛すぎてジュースを一気飲みしたり……こんなことをしていれば、トイレに行きたくなるのも仕方がない。

「やばいやばい……旭くんちょっと待っててね」

 目に飛び込むのは長蛇の列。男子トイレはそうでもないのだが、女子トイレはとにかく混む。旭が戻ってきた時点で、三人はまだ列のニ割ほどまでしか進んでいなかった。

「どうしてこんなに待たされるんだ……!」

 いつの間にやら機嫌を直していたルディだが、ここに来て再びご機嫌が斜めになる。

「ルディさんだって時間かかるじゃないですか……皆同じなんですよ……」

 そんなことを言う暁火だが、すでに足をもじもじとこすり合わせていた。が、しかし彼女の焦りは尿意のみに起因するものではないらしい。

「うーん……チョコバナナ間に合うかな……」

 そう言えば、道中彼女が言っていた。最近この街にできたカフェで、一番人気のメニューがチョコバナナらしい。すぐに売り切れてしまうわけではないが、しかし悠長にしていられるほど余裕もないようだ。

「今日は在庫多めって言うけど……うーん……」

 お店のSNSをチェックしているのだろう。スマホを片手に暁火が唸る。

「あ、そうだ。今のうちに買ってきてよ」

「そうだね」

 暇だったのでちょうどいい。場所を教わり、買いに向かう。

 なるほど確かに大行列。さっさと並んでしまわないと、売り切れもやむなしと言ったところ。最後尾を見極め、突撃。

 その時だった。

「なんだ!?」

「いやぁ、なにこれ!?」

 背後から悲鳴。痴漢だろうか? しかしなにやら様子がおかしい。

 その正体はすぐにわかった。

「猿だ! 猿が出たぞ!!」

「猿!?」

 幼児ほどの小柄な影が、人混みの上を飛び交っている。確かにあれは猿の群れだ。しかし――

(ほんとにただの猿なのか?)

 旭は違和感を覚える。山のこちら側に猿は居ないはずだ。向こう側のグループが渡ってくるには川か崖を越える必要があり、割りに合わないらしい。

 生きる上で意味のない行為……すなわち余興というのは、知能の高い動物にのみ見られる習性なのだそうだ。確かに猿の知能は他に比べ群を抜いているが、しかし群れ全体で危険を犯してまでこんなところにやってくるだろうか? ここになにかがあるという保証もないのに。

 ……いや、待て。

 ここにことを知っている連中なのではないか?

 猿の群れをじっくりと観察する。

 にぎやかな街明かりを反射する、くたびれた体毛。夜の闇でもよく目立つ、皺の刻まれた赤ら顔。

 老いている?

 それだけではない。

 人々は猿の襲撃を前にパニックに陥るだけだが、中には気性の荒い者もいる。なんとかして猿を追い払おうと腕を振り上げ、ペットボトルなどを得物に応戦しているのだ。

 しかし、どうだ。水のたっぷりはいったペットボトルが直撃しても、猿達は微動だにしない。野生動物は頑丈とは言うが、身の丈の半分もある物体に殴られれば身じろぎぐらいするものだろう。

 物理的な攻撃が効いていない可能性がある。

(猿の妖怪……狒々か猿神か……小さいから猿神か……?)

 とにかくこれを野放しにしておくわけにはいかない。ルディが動けない今、旭にできることは――

「やいこっちだ、バカ猿!! お宝はこっちにあるぞ!!」

 妖怪なら言葉が通じるかもしれない。

「こっちだ!! こっちに来やがれ!!」

「キキ……」

 猿がこちらを見た。

「こっちだ!!」

 猿達の視線が旭に集う。上手く行った。

「ついてこい!!」

 迫りくる猿軍団。旭は石階段を全力で駆け下りる。目指すは人の少ない場所――屋台から離れた林の広場だ。

 中参道りを降りきったところにある、林の広場。目論見通りに人は居ない。だが、それは同時にピンチの訪れでもあった。

「キキキ……小僧、もう逃げ場はないぞ。さあ、宝をよこせ。ありかを知っているのだろう」

 ボスだろうか、一回り大きい個体が、ゆっくりと旭に迫る。すでに取り囲まれた旭に、退くという選択肢はない。

「そんなの最初から知らないよ……簡単に騙されちゃってさ」

 旭を見据えるボス猿の瞳が、妖しく光った。

「やはりそうであったか……小童がヴァジュラの在り処など知るはずもないとは思ったがな……」

 くたびれた毛並みが、ゆっくりと逆立っていく。しわがれた、重々しい声が、旭に迫る。

「小僧。我ら善虎ぜんとら猿軍団を軽んじたこと、あの世で後悔するがよい」

 ――来る!

 横っ飛びで初撃を回避。背後で倒れる杉の大木。次はない。振り返る間もなく迫る気配。旭は息を呑んだ。

 来る。

 ……いや、来ない?

 鋭い爪で引き裂かれるはずだった背中が、大きな牙に穿たれるはずだった頭皮が、なんの外傷も受けていない。

 その代わりに旭に襲いかかったのは、耳をつんざくような悲鳴。そして――

「よくやった!」

 銃声と共に大きな影が旭を覆う。黄色と黒の装飾が入ったヒトヨロイ、トライスコーピオ――光だ。

「ガキのくせに無茶しやがって。後は俺達に任せて逃げろ!」

「林の外が安全だ!」

 銃を構えた勝ともうひとり、いつもカヤオと呼ばれている男。それぞれ両手で構えた拳銃から、銀色の弾丸が打ち出される。貫かれた猿は、光となって霧散した。

「銀弾……猛虎か。小癪な連中め」

 毒づくボス猿。取り巻き達は二人の手によって次々と葬られていく。

「だが……しかし。そんな豆鉄砲がこの私に通用すると思ったか!!」

 ボス猿が駆け出す。それは次々と手下を庇い、数多の弾丸を握りつぶしてしまう。先程まで睨み合っていた光は、目にも留まらぬその挙動に感心したように呟く。

「へえ、やるじゃん」

 そして、己の得物を抜いた。

「それじゃ、いっちょ妖怪退治と行きますか!」

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