第46話 誰かの戦い
彼らの戦いを、木の陰に隠れた旭は息を呑んで見守っていた。
光が駆け出す。と、同時にトライスコーピオのバックパックが変形した。
それは新たな二本の腕。
「かかれ!」
ボス猿の号令で、沈黙を保っていた猿達が一斉に飛びかかった。四方八方から襲いかかる猿神に、しかし光は怯まない。
「行くぞ!」
光は構えた。左手と副腕二本に構えられた、大振りな拳銃。先端には長く鋭い銃剣が嵌められ、鏡面加工された刀身が月明かりを跳ね返している。
迫りくる猿軍団。
――撃った。
ノールック。光は背後の猿を一顧だにせず、副腕の銃であっさりと撃ち抜いた。
右から、左から、三本の腕を複雑に動かし、次々と猿を滅していく。銃弾の雨あられに、しかしそれを潜り抜ける猛者も現れた。
懐に潜り込む猿神。光はその顎を右の拳で砕き、脳天に銃剣を突き立てた。無駄のない、スマートな動きだ。
「貴様!!」
激高したボス猿が天高く跳躍。月明かりを背後に頭上から迫る。光は砲門を上部に向け、全火力を集中させた。
「無駄なこと!!」
ボス猿に銃弾は通用しない。全てを平手で叩き落とし、トライスコーピオに飛びついた。
「人間風情が!! 誅してくれる!!」
全身を使い、ギリギリと光を締め付ける。追随する猿神達。辛うじて動いたらしい右腕が、その内の一匹を鷲掴みにした。
「ふん!」
なにかが砕ける音。
「ギェッ!!」
背中側から内蔵を握り潰されたらしい。悲鳴を上げた個体を皮切りに、猿の群れに怖気が走る。蔓延した恐怖は知らず識らずに肉体を蝕み、全身の筋肉をほんの少しだけ緩めていく。
そうなれば後は簡単だ。決壊しかけた拘束を力づくで薙ぎ払い、空いた両腕でボス猿を引き剥がす。
放り投げられたボス猿が、怖気づいた仲間たちを叱咤する。
「この程度で! 貴様ら、善虎猿軍団として恥ずかしくないのか!?」
当の本人ではない旭ですら震え上がってしまうような怒号。大地を揺らさんばかりの怒りに萎縮する猿達を、光は鼻で笑った。
「人前で部下を叱るのはよくないぞ!」
鋼鉄の脚部が土を蹴る。一息に距離を詰めたトライスコーピオは、ボス猿の咄嗟の反撃を左の銃剣で振り払い、その眉間に副腕の銃を突きつけた。
猿の動きが止まる。チェック、王手――例える言葉はいくらでもあるが、要するに決着がついたのだ。観念し、瞑目するボス猿。
最後にひとつと、光は訊ねた。
「この街になにを求めた?」
「ヴァジュラ……雷神の刀だ。どうもこの街にあるらしいが……」
「そうか。まあいい、さよならだ」
終わりを告げる銃声。
光となって消えるボス猿。それに追従するよに、残された猿神の群れもまた霧散し、闇に溶けていった。
「ふう、とんだ休日出勤だ」
それから一瞬で武装を解除した光は、軽く伸びをしてから部下の元へ振り返る。
「お疲れ様。他に反応もないし今日は現地解散とする」
二人は「了解しました」とだけ返し、そそくさとその場を立ち去ってしまった。光の登場から今まで、あっという間の出来事だ。これが、闇夜に紛れ邪悪を祓う掃儀屋の仕事。
光は二人の部下を見送り、次いで旭に視線を向ける。
「助かったよ旭くん。君のおかげで誘導の手間が省けた」
「いえ、それほどでも……逃げてただけですし……」
「そうなのかい? 手際が良かったから、てっきり慣れてるもんだと思ったんだけど」
とんだ買いかぶりだ。旭は首を横に振ったが、しかし光はこう続けた。
「なら才能あるよ。どうだい、将来はウチに来ないかい?」
このテの話ではルディにも褒められている。もしかしたら本当に才能があるのかもしれないが、旭は言葉を濁した。
「あはは……考えときます……」
「色好い返事を頼むよ」
朗らかに笑う光。その横で旭は考える。
(僕の将来か……)
これまで真面目に考えてこなかった話だ。まだまだ先の話だし、旅館の従業員になるという最終手段もある。父である雄飛もあまり将来のことをうるさく言ってくるタイプではないので、特に目指すようなものもなかった。それに――
(……お父さんの跡を継いで、社長とか?)
捕らぬ狸の皮算用。父は旭や暁火に対して優しい……というよりも甘いのだが、しかし己の業務とは切り離すタイプだ。旭が跡を継ぎたいと言えば、恐らくそれに見合った能力と経験を求めて来るだろう。
そろそろやりたいことぐらいは考えておかないといけないのかもしれない。旭が自分の未来に思いを馳せていると、光が「それにしても」と呟いた。
「人が多いな……」
確かに大勢集まっているが、しかしこんなの物の数に入らない。昔は動けなくなるぐらい集まったという。
「これでも全盛期よりだいぶ少ないらしいですよ」
旭が指摘すると、光は首を横に振った。
「いいや、多い……神格が封じられたこの土地には、そもそも求心力なんてないはずなんだ。神様が居ないから、この土地そのものに誰も魅力を感じない。これは本能的にそうなるものだ」
「そんな極端な」
「確かに、神格が消えてすぐに影響が出るわけじゃない。でも、この街はその状態が十年前後は続いている。
一呼吸置いて、光は続ける。
「ここに人が集まっているのは、土地じゃなく人間のおかげだ。ここに住む人達が必死にこの街をPRしたから、これだけの人間を呼び込めているんだと思う」
そう言われても、特に実感は湧かなかった。ここは旭が生まれるよりずっと前から観光地で、沢山の人々が毎日のように訪れている。確かに客足は年々減っているが、誰も訪れなくなったことなど一度もない。
「よくわかんないです」
「これは、なかなかできることじゃないよ」
賑やかな街明かり。少し外れたここにまで聞こえてくる喧騒を浴びながら、光は言う。
「この街の観光協会かな。多分、凄く熱心な人が仕切ってるんだろう」
能売川温泉街観光協会の会長をやっているのは、旭の父である雄飛だ。間接的にだが父を褒められた気がして、悪い気はしなかった。
そこまで聞いて、旭は気づく。
「あれ、じゃあ神様を元に戻せば客足も増えるんですか?」
「ああ。すぐに効果が出るわけじゃないけど、この街の人達の頑張りがあれば三年もかからず日本一の温泉街になるんじゃないかな」
「なるほど……」
旭は考えた。
この街で雷光の企みを阻止すれば、それは間接的に父の仕事を手伝うことにもなる。最後に誰かに自慢できるような話ではない。それでも、旭は成し遂げたいと思った。
「必ず雷光を倒します」
決意を新たに旭は宣言する。それを聞いた光の顔から笑みが溢れる。
「ああ、その意気だ。まあ、今日みたいな無茶はほどほどにな」
「はい、頑張ります!」
思いがけず手に入れた、父への贈り物。
それを旭がやったことだと気づく日は、きっと永遠に来ないのだろうが……それでも、きっと喜んでくれる。忙しい仕事の助けになる。
もうひとつ増えた戦う理由、秘密の親孝行。負けられない理由を胸に、旭は星空に誓うのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます