第44話 遠い夢の中
八月七日、
せっかちな屋台が開き始めたお昼頃、旭は雄飛と色に呼び止められた。
「ルディさんと真彩ちゃんにお休みをあげたから、一緒にお祭りを見てくると良い」
暁火が引っ越してから、旭が一緒にお祭りを見に行くような相手はこの街に一人も居ない。それを鑑みて気を回してくれたのだろう。そんな父の気遣いを受けて、旭は隠し事をしていることを思い出す。
「わかった。誘ってみるよ」
なんとか表に出さないよう試みる。暁火の帰宅は口外厳禁。旭としては、父と姉のどちらの味方をしていいものか迷うところでもあるのだが。
旭の大人しめのリアクションからなにかを勘違いしたのか、父はポリポリと後頭部をかく。
「ごめんな、一緒に遊びに行けなくて」
すると色が水を差す。
「はは、旭ぐらいの子はもう親と一緒に出かけようとしないですよ」
「なんだあ、冷たいなあ」
笑い合う二人。普通の家庭であれば、確かにそうなのかもしれない。旭に関して言えば、昔から多忙な父に気を遣っていたために遊びに連れて行けなどのワガママは控えていた。それに遊び相手なら暁火が居たし。
「それじゃあお父さんは仕事に戻るからな。はしゃぎすぎて怪我するんじゃあないぞ」
いつも忙しい父の背中を見送り、旭は部屋に戻る。この調子なら暁火のことはバレずに済むだろう。
部屋に戻ると、しかし今度は別の問題に直面した。
風呂敷の上に並べられた、何着もの浴衣。そしてそれを眺める、ルディと真彩と暁火。
「真彩さんにはこういうのも似合うんじゃないですか?」
「うーん確かに……でもあたしとしてはこっちも捨てがたいんだよなぁ……」
いつの間にやら打ち解けていた(あるいは、旭と違ってハッキリと覚えていたのかもしれない)らしい。暁火と真彩の二人は、うんうん唸りながら真彩の浴衣を選んでいた。
逆にルディはあまり興味がないようで、一歩退いた所で二人をぼんやりと眺めている。
こちらに気づいた暁火が振り返った。
「あ、旭。真彩さんの浴衣どっちがいいと思う?」
どちらもいいデザインだが、しかし今回は直感が旭を導く。
「黄色い方」
「やっぱそうだよね」
「うーん……あたしはこっちもいいと思うんだけど……。ま、旭くんが選んでくれたならいっか」
無事に真彩の浴衣が決まった所で、、二人の視線がルディへと集まった。
「あんたはどれ着るの?」
「いや、私はこのままで行くつもりだが……」
「えー、着ないともったいないですよー!」
真彩と暁火の猛プッシュを受け、気まずそうに後ずさるルディ。なにを求めたのか、チラリと旭に視線を向ける。
が、その結果は見事に裏目に出た。
「旭くんも浴衣姿見たいよね?」
真彩の圧が強い。暁火も旭に視線を向け、言葉を促す。が、ルディの視線もまた刺すようなものであった。これは本気で嫌なのだろう。
仕返ししてやるか。
「見たいですね」
「決まり! ほら選んで!!」
「ナイス旭!」
「お前……覚えてろよ……」
ルディの恨めしげな視線を無視し、浴衣選びを再開する。三人で選んだ結果、ルディの浴衣は蒼ベースの金魚柄になった。
※
着替えるからと部屋を追い出された旭は、気まぐれに館内をブラブラと歩いていた。
お祭りに向かうのだろう。着飾った男女や家族連れがぞろぞろと外へ向かっている。今年も客入りは順調そうだ。
そんな中に、見知った顔を見つけた。
「皆さんもお祭り行くんですか?」
掃儀屋の面々だ。こういった明るい行事とは縁遠そうな彼らは、果たしてこの喧騒の仲間入りを果たすのであろうか。
「いいや、僕らは別件」
光が首を横に振る。更にそれに追随するように、勝がこう言った。
「祭り……ってか縁日に興味が沸かなくてな。あんなのよりもっと美味いもんいくらでもあるじゃねえか」
聞き捨てならない発言だ。旭はクワッと目を見開く。
「それは違うんですよ勝さん……美味しいものっていうのはいくらあってもいいんです……ひとつひとつがそれぞれ違う美味しさを持っているんだから……」
拳を握りしめ語る旭。気圧された勝が後ずさる。
「そ、そうかよ……」
「タジタジだな勝」
「うっせーカヤオ」
と、スマホがピコンと鳴った。部屋に戻ってこいとのお達しだ。
三人に別れを告げ、部屋に戻る。
「ただいま――」
その光景に、思わず息を呑んだ。
「どう? 似合うでしょ?」
自慢気に胸を張る真彩と、両脇に立ったルディと暁火。いつもと違った出で立ちに、なにも言えなくなってしまう。
そんな旭のリアクションに不安になったのか、暁火はもじもじとしながら訊ねる。
「そ、その……どう、かな……旭に選んでもらったやつ、着てみたんだけど……」
これを無視するわけにはいかない。旭はなんとか言葉を絞り出す。
「似合ってる、よ……すごく」
その一言を口にしただけなのに、旭の心臓はバクバクと脈打っていた。嬉しそうにガッツポーズする暁火を直視できず、しかし視線を反らした先には別の浴衣姿がある。
蒼と黄色。それぞれ補色の浴衣を身にまとった二人。
京緋色と黒色の髪はそれぞれアップにまとめられていて、普段の二人とはまた違った雰囲気を放つ。
「どうよ、似合ってるでしょ? 全部あたしが着付けたんだけどさ」
「……」
胸に手を当て威風堂々と語る真彩と、無言のルディ。流麗な浴衣のラインと、帯の上に乗った大きなバスト。そのコントラストに目が回る。
「ほら、あんたもなんか言ったらどうなの?」
「…………」
真彩に肘で小突かれても、ルディは終始無言のまま。険しい表情で旭を見下ろし、恨めしげな視線を向ける。
その仕草も含め、――彼女には申し訳ないが――大変にサマになっていた。
「……凄く、似合ってますよ」
「だから?」
絶世の美女に睨まれ、旭の背筋に冷たいものが走る。暑い夏すら凍えさせてしまうような威圧感。このままとって食われてしまいそうな勢いだ。
(褒めても駄目ならどうすりゃいいんだ……)
別にお世辞のつもりで褒めたわけではないが、しかし事態の沈静化を図ったのもまた事実。なにか別の手を考えなければ。
「……」
沈黙。
それからしばし考えて、気づく。
ルディという人間を、旭はちっとも知らなかった。
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