第43話 モンスターシスター

 ルディのせいで暁火がヘソを曲げてしまった。

 座布団の上で寝転がり、畳のささくれを数えている。

 こうなると彼女は面倒くさい。素直に口を利いてくれないし、かといって放置してもそれはそれで機嫌を損ねる。

 これまで似たようなことは何度もあった。原因は基本的に父の過保護か構いすぎによるものなので、父が平謝りすることでなんとか元に戻るのだが……今回ばかりは話が別だ。こうなった原因その人であるルディは、この程度では絶対に謝らない。むしろ謝罪を強要すれば逆ギレするまである。そうなったが最後、本当に手がつけられなくなってしまう。

 面倒だが、なんとか旭がご機嫌取りするしかないだろう。

「あ、そうだ……せっかく帰ってきたんだし、どこか出かけない?」

 わざとらしく話を振るも、彼女は沈黙を貫いている。やはり駄目か。そもそもこの街に若者が遊びに行くような施設はないし。

 どうしたものかと考える。さりとて妙案があるわけでもなく、沈黙。ただただ無為な時間が過ぎる。

 しかし。

 どういうことか、その沈黙を破ったのは彼女の側だった。

「……ねえ、旭」

「え、なに?」

 意識の外から話しかけられたので、ついそっけない返事になってしまう。

 寝返りを打つように振り向いた暁火は、畳に視線を投げ出しながらこう言った。

「私の浴衣、選んでよ」

「浴衣? ……ああ、なるほど」

 槍掲祭に着て行く浴衣が欲しいのだろう。家にある浴衣はもう小さいし、そのうえ持ち出すと父や色にバレる。

「そうだね。じゃあ買いに行こっか」

 これで彼女が機嫌を直してくれればいいのだが。

 そんなこんなで呉服屋へ。

「浴衣コーナーはそちらになります~」

 祭りの前だからか」いつもより客が多い。通された浴衣コーナーにも、若い男女が複数居た。観光客の邪魔にならないよう、二人は端の方に立つ。

 ズラリと並ぶ浴衣を見て、旭は息を呑んだ。

 昔ながらのシンプルなデザインから、数多の花が並ぶ派手なもの、果てはキャラクターものまで存在している。千差万別、無数に存在する浴衣達は、どれも旭の目を引いた。

 この中から、暁火に一番似合う一着を選ばなければならない。これは大仕事だ。なにしろ女性の服を選んだことなどこれまでの人生で一度もないのだから。

 この女には一体なにが似合うんだ?

 旭は考える。まずは今着ている服からイメージを膨らませよう。

 暁火が着ているのは……名前がよくわからない。薄手の生地だが透けそうな感じはない、寒色系のコーディネイト。有り体に言ってしまえば半袖の上着にチェックのスカートなのだが、もう少ししっかりした名前がありそうな気がする。とにかく、雑誌に載っていてもおかしくないような感じの服だ。

(よくわかんないな……)

 まだファッションに興味を持っていない旭は、直感で選ぶことにした。暁火の全身をぼやっと眺め、イメージを膨らませる。

「……赤だな」

 同系色ごとにまとめられた浴衣達は、さながらグラデーションのよう。虹と同じ色順なので、赤は一番端にあった。

 コスモスに蓮華に桜っぽいなにかに金魚。よくわからない葉っぱやら幾何学模様やら、よくもまあこれだけ取り揃えたものだ。

 一番最初にビビッときたのは、シンプルな金魚柄。落ち着いた色合いだが、どこか目を引く美しさがある。

 だが、地味だ。ルディのような大人の女性には良いかもしれないが、女子高生に着せる浴衣ではない気がする。

 次に目を引くのは、ファイヤーパターンのあしらわれた派手な浴衣だ。暁火という名前にも合う。……が、これは駄目だ。なんかヤンキーっぽい。暁火はこういうの嫌いだと思う。

 ……困った。決まる気がしない。

 女性の服選びに時間がかかる理由が、なんとなくわかった気がした。

「どう? 選ぶのって難しいでしょ?」

「……うん」

 旭が頷くと、暁火はフフンと鼻を鳴らす。楽しげに浴衣を眺める彼女は、それから旭に視線を向けた。

「旭は私にどんな浴衣を着てほしいの?」

 妙な聞き方だが、しかし選ぶための指針としてはアリかもしれない。彼女の好みやイメージに合うかどうかなど、いろいろと考えていたが……えてして考えすぎるとまとまらなくなるものだ。

 どんな浴衣を着ていてほしいか。言い換えれば、どんな浴衣を着ていれば嬉しいかだ。

 ……いや、難しいことには変わりないのだが。

 浴衣の列をぼんやり眺めながら、少し考える。

 地味すぎるのはババ臭いので嫌だし、かといって派手すぎるのも気に入らない。程々に所帯じみていて、かつきちんと可愛いデザインのもの。

 ふと、目を引くものがあった。

 情熱的な赤に、水面に映る暖色系の花火をあしらったデザイン。白線で描かれた波紋がメリハリを出し、湖面をあえて真紅で描くそのセンスが素敵な一着。

 これだ。



 その日の夜、大きな壁にぶつかった。

 暁火が旭の部屋で寝るなら、ルディはどこで寝ると言うのか。

 秘密裏にルディに相談すると、彼女は平然とこう言った。

「お前の姉に睡眠薬を盛る。それで寝たら私も寝る」

 なんてことを……。

「あ、そうだ。今日だけでいいんで真彩さんの部屋で寝てくれませんかね……?」

「殺すぞ」

 というわけで、暁火に睡眠薬を盛ることになった。

 一緒にゲームで遊び、盛り上がった所でお茶を出す。ルディ謹製睡眠薬の入ったお茶だ。暁火は五秒で寝落ちした。ヤバいんじゃないかとも思ったが、彼女は旭が大事にしているものに対しては危害を加えようとしないので、多分大丈夫だろう。

 暁火を寝かせる。旭の布団へ。

 あれ?

 となると、旭はどこで寝れば良いのだろうか?

 迷っていると、部屋に戻ってきたルディが自分の布団を敷き始めた。時計を見ると、確かにそろそろいい時間だ。

(座布団で寝るか……)

 旭が座布団を並べていると、ルディが布団の上で首を傾げる。

「なんだ、そんなところで寝るつもりなのか?」

「流石に畳で寝るのは嫌なので……」

 すると彼女は自分の隣をポンポンと叩く。

「私と一緒に寝ればいいだろ。この布団ならデカいしいける」

「うぇっ!?」

 旭は激しく動揺し、自分が大きな声を出したことに気づいてから恐る恐る振り返った。幸いなことに暁火はまだぐっすりと寝ている。

「冗談だ」

 なぜだろうか? ここ最近の彼女は旭を積極的におもちゃにしているような気がする。まあ、機嫌を損ねられることに比べれば遥かにマシだが……。

「お、おどかさないでくださいよ……」

 旭は並べた座布団に寝転がる。幸いなことにここは旅館。座布団の質が高く、一晩ぐらいなら支障はない。

 が、ふと思った。

 ここで旭が何食わぬ顔で彼女の布団に侵攻したらなにが起きるのだろうか。

 即断即決即実行。寝転がったまま、旭はルディの布団に這い進む。努めて無感情を装いながら。

「……」

 旭の奇行を目にし、ルディはほんの一瞬だけフリーズした。しかしすぐに我に返り、フンと鼻を鳴らして横になる。負けじと旭も進軍を続け、ついに彼女の布団に上がりこんだ。

 旭に背を向けたまま、ルディはピクリとも動かない。旭なりに追撃も思案したが、すぐに恥ずかしくなり背を向けてしまう。

 メチャクチャいい匂いするんだけど。

 勢いのままに強行してみたはいいものの、ここから先どうしたらいいのかわからない。高鳴る鼓動はバレていないか。それがどうしようもなく気になって、しばらくの間は眠れなかった。

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