第36話 家族写真

 朝からルディに連れ出されていた。

 中参道りをひたすら上へ。人の気配はどんどん消えて、石畳の汚れも目立ち始める。建物自体はしばらく続いていたが、しかしその大半は古びた廃墟であった。

 五年ぐらい前なら、この辺りにもギリギリ店があったのだが。

 ルディの歩みは止まらない。

「どこに行くんですか?

 ここから先に目ぼしいものはない。しばらくしたらこの石畳も途切れ、その少し先に潰れた神社があるぐらいだ。

 しかし彼女はこう言った。

「てっぺんだ」

 歩くこと十数分。案の定、そこには廃墟と化した神社しかない。しかし、ルディの目的はそこにあるようだ。

「お前はこの神社のことを知っているか?」

「いえ……なにも。昔は人も多かったんでしょうが……」

 とうに潰れたやしろだが、建物の多さから昔はかなり栄えていたことがわかる。売店なども見受けられるあたり、観光客の参拝も見込まれていたはずだ。

 カビの生えた鳥居に指を這わせ、ルディは言う。

「私の持っている情報と、この歴史書が正しければ、この神社は十年ぐらい前まで普通に機能していたはずだ。しかし、ある年からその記述がパタリと途切れている」

 彼女は懐から一冊の書籍を取り出した。市の図書館のステッカーが貼られている。だとすると、昨日はこの本を探しに出ていたのだろう。

「多分、お前が産まれたよりは後の話だ。なにか覚えていたりはしないか?」

「流石にちょっとわからないですね……」

 産まれた後と言っても、せいぜい一、二歳の頃の話だろう。そんな昔の話、覚えているはずが――

「……ん?」

「なにか思い出したか?」

「あの……直接思い出したわけじゃないんですけど」

「なんでもいい。教えろ」

「僕は覚えてないんですけど、アルバムに家族で神社に来た写真があるんですよ。それが確かこの辺りにあった神社だって話だったような……」

 ここだという保証はないが、しかしこんな建物が写り込んでいたような……気がする。

「なるほどな……まあ、なにもわからないよりはマシか」

「あ、そうだ。お父さんに聞けばいいんだ」

 流石に父なら覚えているだろう。しかし、ルディは意外なことに難色を示した。

「仕事の邪魔じゃないか?」

「少しぐらい大丈夫ですよ」

 そうと決まれば話は早い。早足で帰り、アルバムをルディに渡して旭は父を探しに出た。

 しばらく探し回り、ようやく見つけた父は喫煙室でタバコを吸っていた。数年前に一度やめていたはずだが、心境の変化があったのか最近また吸い始めたのだ。

 喫煙所の中は臭いので、旭は近くのソファに腰掛け出待ちした。

 思ったよりも早く出てきた父を、旭は呼び止める。

「お父さん」

「ん? どうした?」

 アルバムから一枚だけ抜いてきた写真を見せて、旭は言う。

「この神社ってどこだっけ」

「ああ、それなら山の頂上にあった神社かな。今は潰れちゃったけど」

「やっぱりそうなんだ」

「なにかあったのか?」

「いや、大丈夫」

 本当はもう少し詳しい話を聞きたかったのだが、思ったよりも忙しそうなので旭は話を切り上げた。

「そうか。じゃあもうお父さんは行くよ」

「お仕事頑張って」

「ああ」

 足早に去っていく父の背中を、ぼんやりと眺める。昔から変わらない、背広に隠れた大きな背中だ。

 だが、しかし……ふと、その後ろ姿に、旭はなんとも言えない違和感を覚えた。

 少しばかり考えて、ようやくその正体に気づいたのはきっかり二分後のことだった。

(……なんか、白髪増えたな)



 部屋に戻ると、ギャラリーがひとり増えていた。

「え、この写真すっごい可愛いじゃん……マジ……?」

 旭の昔の写真を眺め、黄色い声を上げる真彩。あれもこれもとページをめくり、舐め回すようにそれらを見渡す。メチャクチャ恥ずかしかった。

「な、なにやってるんですか!?」

「あ、旭くんじゃん。いや~、君も昔はこんなに可愛かったんだねえ」

「やめてください……」

「も~照れちゃって~」

 細い指が、旭の頬をツンツンとつつく。近づいたことで、ほんのりと独特の香りが漂ってきた。これは酒の臭いだ。この人非番だからって酔ってるな。

 対するルディはと言えば、アルバムから抜き取った一枚の写真をじっくりと眺めていた。例の神社で撮った写真だ。

「なにかわかりましたか?」

 訊ねると、彼女は写真から目を離さずに言う。

「お前も昔はこんなだったんだな……」

「え?」

 旭が首を傾げると、ルディはビクリと肩を震わせた。それからバッと立ち上がり、写真を机の上に置く。

「それより、この神社はあれで間違いなかったのか?」

「あ、はい……そうでしたね」

「そうか……しかしな、残念だがあまりアテにならないかもしれない。写り込みがほとんどないんだ」

 言われて、いくつかの写真を眺める。言われてみれば、確かにそのどれもが人物――旭達が中心に撮られていた。ピントはしっかり合っているし、余白も少ない。できるだけ大きく人物を写そうという努力が見て取れる。

「いい写真だよねえ……みんな生き生きしてるよ」

 感心したように呟く真彩。

 そう言われ、当時の記憶がぼんやりと蘇ってくる。

 父は何枚も写真を撮っていた。ことあるごとに撮るものだから、姉弟揃って鬱陶しく思っていた覚えがある。ここにあるのは、おそらくその中から選び抜かれたものなのだろう。それをなにより示唆しているのが、この家族四人の集合写真だ。

 四人が一度に写っているのは、この一枚だけ。しかしこの集合写真を、父はカメラとの間を何度も往復し、何枚も撮り続けていたはずだ。この一枚以外は、きっとお蔵入りになったのだろう。

「やはり、現地調査が一番か……」

 ルディは呟く。

 因みにアルバム鑑賞会はもうしばらく続いた。

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