第弐幕 楽園の簒奪者達

集うものども

第35話 夏は短し楽しめ少年

 遂に八月が始まってしまった。

 楽しい楽しい夏休みが、あと一ヶ月も残っていない。そろそろ大きな課題にも手を付け始めなければならない頃だろう。

 作文なんかは三時間あればなんとかなるので、一番の問題は自由研究だ。

 ただでさえ時間がかかるというのに、そもそもテーマが決まらない。

 という話を真彩としていた。

「あたしも毎年苦労したなあ。結局観察日記しかやんなかったけど」

「でも観察日記って時間かからないですか?」

「ウチは庭で鯉飼ってるから、まあ適当にね」

「へぇ……」

 そういえば、我が家のエントランスにはそこそこの水槽がある。最後の手段として頭の片隅に残しておこう。

「まあ、真面目に勉強することは悪いことじゃないから。余裕があるならきちんと考えてやるべきだと思うよ」

 彼女にしては珍しい意見だ。あまり真面目な印象はないのだが。

「あたしも柄にもないと思うけどね。言ってもわかんないだろうけど、やっぱり大人になるとわかるんだよ。勉強しとけばよかったってね」

 それはよく聞く話だ。大人はみんなそう言っている。

「この国の教育制度は歪んでるよ。ちゃんと必要なことをやってるのに、それがなんの役に立つかは意地でも教えてくれないから」

「はぁ……」

 込み入った話はよくわからない。まだ子供なので。

「そうだなぁ……なんか興味あることない? そういうのを研究してくのもいいと思うけど」

「うーん……最近だと、妖怪……とか?」

 そもそも興味のある分野ではあったのだが、ここ最近の出来事がそれを後押しした。知れば知るだけ戦いの役にも立つだろうし、一石二鳥だ。

「妖怪……妖怪……まあ研究としてはアリだけど、理科の時間にすることじゃないしなあ……」

「確かに……」

 分野としては社会科だろうか。あるいは国語かもしれない。とにかく理科の自由研究ではないだろう。

「なーんか無理くり理科っぽいことに絡めらんないかなー。うーん……」

 科学と妖怪、対局に位置するような概念だ。そう簡単に結びつくようなものではない……わけでもない。

「……成り立ち、とか?」

「成り立ち……? ん……なるほど」

 何事にも成り立ちというものがある。火のないところに煙は立たず、光がなければ陰もできない。妖怪もまた、無から生じるわけではないのだ。

 たとえば天狗。俗説ではあるが、これは西洋人が由来なのではないかとも言われている。高い鼻だとか赤ら顔だとか、エトセトラ、エトセトラ。

 理解のできないコト・モノに遭遇した時、人間はそれをなんとか言語化しようとする。科学や知見が今よりもずっと狭かった時代、人々は事象の解読をするにあたって超常的な存在を生み出した。

「この辺りの伝承を紐解いて、成り立ちを探りに行けば……まあ、科学的な視点も出てくるのかなあ」

 真彩が呟く。なるほど地域縛り。



 郷土資料館に来ていた。

 以前にもデイダラボッチの調査で訪れたところだ。あの時は大したことのない施設に思えたが、改めて展示を見回すと興味深い資料がいくつかあった。

 ひとつは雷神信仰。

 長らくこの地域に根付いていた文化らしいが、明治維新の前後でパタリと途絶えてしまったらしい。それについての考察が、いくつかあった。

 過去の文献をあたると、どうやらこの辺りの土地……というか県北全域は雷がやたらと多かったらしい。それを神の怒りと捉え、鎮めるためにこの地で広まったのが雷神信仰なのではないか……という説。

 お祭りやらなんやら、それはそれは盛大に執り行われた形跡があるようだ。今でも毎年行われている槍掲祭やっかさいの源流も、ここにあるのではないかと言われている。

 ところが、ある年を境にあまり雷が鳴らなくなったそうだ。

 神の怒りは去り、地域には平和が訪れる。それ故、徐々に文化が途絶えていったのではないか、という考察がなされていた。

 それにしても不思議な話である。雷がそんな急に減るとは思えない。地形でも変わったのだろうか?

 科学的な視点で見ると、この一連の考察は詰めが甘い気がする。雷が多かったというのも、文献やら詠まれた短歌などに雷の話が多く出されていた程度のエビデンスしかない。少なくとも、自由研究には不向きな題材だろう。

 他にいいネタはないかと辺りを見回す。

 それにしても今日は来客が多い。まだ客入りの少ない朝早い時間だが、旭の他に五人居る。

 更に、その中でも特に目を引く三人組が居た。

 こんな真夏の暑い日(館内に限っては空調が効いていて涼しいが)に、ビシッと漆黒のスーツを纏った三人組の男。なんの用事で来ているのか知らないが、明らかに場違いだ。

 彼らは真剣に展示品を見つめ、時折なにかをメモしている。ルディのようにこういった展示に強い興味を示す人間が居るというのはわかるが、しかし観光というような軽さには見えなかった。

(怖いなあ。関わらないようにしとこ)

 変なことに巻き込まれたくはない。用事もあるので、今日のところは撤退を選ぶことにした。

 資料館から出ると、ちょうど千秋とすれ違う。

「あれ、千秋兄ちゃん今帰り?」

 千秋はビクリと肩を震わせ振り返る。随分な大荷物だ。泊まりで出かけていたのだろうか。

「あ、ああ。旭はどうしたんだ? また来るなんて」

「自由研究になんかないかなって」

「あー、そうか。学生は大変だな。じゃ、またな!」

 言うなり彼はそそくさと資料館――の裏にある彼の自宅へと帰っていった。



 用事というのは、友達五人とゲームをする約束のことだ。

 近所に住んでいる友達は居ないので、いわゆるネット対戦である。クラスで流行りのFPS。因みに旭は格闘戦の方が強い。

 ボイスチャットを繋いで和気藹々とプレイ。ルディが明日まで遠征に出ているので、気兼ねなく騒ぐことができる。昼食を挟んで、三時ぐらいに急用の入った奴が居たので解散。

 遊び足りないので、フレンドを漁る。

「あ、マクシミリアンさんだ」

 名前も顔も知らない相手だが、なぜだか妙に馬が合う。言動からして社会人らしいが、今日は早めにインしているようだ。

 誘ってみる。仕事が早めに終わったらしく、いつもより長く遊べるそうだ。

 そんなわけで、しばし抜群のコンビネーションを満喫。非常にやりやすい。素晴らしい。あっという間に時間が過ぎる。

 さて、そろそろ夕食の時間だ。と、ちょうど真彩が部屋に入ってきた。ここのところ、旭の食事は彼女が用意してくれている。

「ねえねえ、旭くんってこの辺りのご飯屋さんに詳しかったりする?」

「そうですね……まあ、それなりに」

 旭の知識量などまだまだだが、しかし真彩が求める要件は満たしているだろう。旭は小さく頷く。

「じゃあ美味しいところ連れてってよ。奢るからさ」

 というわけで、鴨鍋うどんを食べに来た。

「へえ~、鴨のお肉って美味しいんだねえ」

「鶏肉なのに脂が乗ってるんですよね」

「まあ、いとこ同士は鴨の味とか言うぐらいだもんねえ……なるほど」

 と、鴨を食べたことのない人間はその味に魅了されがちだが、この店はそれだけで戦っているわけではない。鴨肉に合わせた、出汁の効いた汁。旨味の移った野菜と一緒に麺をすすると、口の中いっぱいに多幸感が広がる。しかも合法。

「このお店は他のメニューもいいんですよね。次に来た時は唐揚げなんかもいいんじゃないですか?」

 雑多なメニューを取り扱う、定食屋に近い店だ。しかしそのどれもがハイクオリティ。食材の良さを引き出す、満足度の高い料理なのだ。

「他にもオススメがあって、キツネうどんはちょっと汁のバランスが変わってたり、あとは――」

 流暢に語る旭。それを聞きながら、真彩は苦笑する。

「そうだねえ……また今度来ようかな」

「そうですね。でもオススメのお店は他にもあって――」

 長話に付き合わせてしまったことに気づいたのは、帰ってからのことだった。

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