第37話 外なる来訪者
なんとか鑑賞会を終え、アルバムを押し入れに戻しに行く時のことだった。
「いや~、いいお湯でしたねえ。これが毎日入り放題だって言うんだから最高ですよ」
「調子に乗るなよカヤオ。この前のぼせて死にかけたんだから」
「あれは酒が悪かっただけですってば」
「しかしよ、区道さんも同じの飲んでたはずだろ?」
「そ、それは……」
「はは。まあ、僕はザルだからな」
談笑しながら廊下を歩く浴衣の男が、三人。その人相には見覚えがあった。
昨日、郷土資料館に居たスーツの男達だ。なんたる偶然。まさかここに宿をとっていたとは。まいどありがとうございます。
ウチの客ならそんな悪い人達ではないのだろう。とにもかくにも一安心。
夏休みも本番を迎え、客足も少しずつ増してくる。妖人同盟の侵攻もひとまずは阻止したし、ぼちぼち宿の手伝いにも力を入れていかなければならない。
あと、残りの宿題も。
(忙しい夏になるな……)
大変なのは目に見えている。しかし、不思議と不安を覚えることはなかった。
※
中参道りの石畳を、電話をしながら歩いていた。
相手は例によって姉の暁火。今年も無事に団体客を捌けたことだとか、彼女が最近読んだ本だとか、宿題の進み具合だとか、他愛ない会話に花を咲かせる。安らぎのひととき。
「それじゃ、また今度ね」
「うん、また今度」
通話を終えて、空を見上げる。
星がまたたく夜空では、月明かりがようやく目を覚ましたらしい。重いまぶたのように細められた三日月が、静かな街に華を添える。
しかして、それは如何様にして現れたのだろうか。
月明かりをわずかに遮る、ほんの小さな黒い影。
それはアッという間に降り立って、旭の視線を奪い取った!
「んなんだ!?」
石畳を駆け上がる闇。蹄の音と共に迫るそれは、見る間に大きくなっていく。抱えるように構えられたそれは――生首と
「うおぉお!?」
体を横に投げ出し、ギリギリのところで初撃を回避。
「デュラハン!?」
すれ違いざまに見たその姿。馬上に跨る首のない騎士。間違いない、デュラハンだ。
首無しの騎士は容易にその身を翻し、槍を振るって旭に迫る。立ち上がっている暇などない。その身を貫く衝撃に、旭は――
「だらしないなあ!!」
突如現れた黒髪の少年が、ランスチャージを受け止めた!
「コウガ!?」
コウガはガッチリとランスを抱え、旭には目もくれずに叫ぶ。
「お父様!!」
「ゴッドブレイカー!!」
詠唱――上だ。
天高くから降り注ぐ、流星のような斬撃。侍に切り落とされた馬の首から、地獄の業火が噴き上がる。崩折れる愛馬から飛び降りるデュラハン。
愛馬を喪った首無し騎士は、しかし気合十分に叫ぶのだ。
「なんの!」
絶妙な槍捌きでコウガを振り払い、デュラハンは返す刀をランスでいなす。追撃を防がれた侍――雷光は舌打ちし、露骨に機嫌を悪くした。
「踏ん張りが足んねえよ! 役立たずが、すっこんでろ!!」
「ひっ。ご、ごめんなさい、お父様……」
怒鳴られたコウガは冷や汗をダラダラと流す。膝はガクガクと震えていて、見るに堪えない。にわかには信じがたい、断絶した親子の会話だ。
そんな息子を意に介さず、デュラハンと向かい合う雷光。油断なく得物を構えた両者。お互い一歩も譲らない。
そんな睨み合いが続く中で、口火を切ったのは雷光だ。
「お前らが噂の
いつもの軽薄な態度を崩さない雷光に、デュラハンは言う。
「シラを切るのもいい加減にしろ。貴様が封じた神の位を簒奪に来たのだ」
「やっぱバレてたか……」
雷光はざんばら髪をガシガシとかき回す。それから旭に視線を向け、おもむろにこう言った。
「おいこの……クソガキ! お前、なんて言うんだっけか!?」
「……旭」
「ああそうだ、そんな名前だったな。んでだ旭。ここは俺達と組まないか?」
予想だにしない提案に、旭は素っ頓狂な声を上げる。
「へっ!?」
「こいつらブチ殺すのに手を貸せって言ってんだよ! お前、俺の逆雷ぶっ壊しやがっただろ!?」
勢いに呑まれ、思わず頷きそうになる旭。しかしすんでのところで踏みとどまり、冷静になって考える。共通の敵が相手であれば、確かに手を組むこともできよう。
しかし、相手は源雷光だ。
我が子を怒鳴りつけ、あまつさえ蹴り倒すような相手は、果たして信用に足る存在であろうか。
否。
断じて否。
旭は首を横に振った。
「やだね。どうせ背中から斬られて終わるでしょ」
すると雷光は感心したように口笛を吹く。
「なんだ、クソガキのくせによくわかってんじゃねえか。大人のやり方ってヤツがよ」
反吐が出る。そんな大人になってたまるか。
「まあいいさ。だったら真っ向勝負で全員殺すだけだ」
雷光の刀から殺気がほとばしる。身構えるデュラハン。震えるコウガ。対する旭は――一か八か、背中を向けて逃げ出した。
「なんだと!?」
思った通りだ。雷光とデュラハンはお互いにお互いを警戒しているせいで動けない。それに、そろそろこの騒ぎを察知して彼女がやってくる。
「旭!」
上空から降り注ぐ光の矢。両者はそれぞれ最小の動きで迎撃。旭は空を見上げ、彼女の存在を確信した。
「ルディさん!!」
ルディの両手から火柱が上がる。臨戦体制。雷光もデュラハンも無理に挑んでくることはせず、各々の構えを崩さない。
「あれが、例の……」
呟くデュラハン。対する雷光は、すでに戦意を喪失していた。
「分が悪い。帰るぞコウガ」
言うなり彼は刀を振った。足元のコウガには目もくれず、勝手にその姿を消してしまう。
「お、お父様……!」
遅れてコウガも姿を消す。残されたデュラハンは、矛を収めてルディに視線を向けた。その眼光は、ともすれば怖気づいてしまうほどに鋭い。だが、そんなものを意に介さないのがルディだ。
ゆっくりと大地に降り立ち、カツカツと石畳を叩いてデュラハンに迫る。
「おかしいと思っていた。居るはずの神格も、あったはずの信仰もない。街は妖魔に溢れているし、妙な連中も……貴様もそうだ。この街に一体なにがあった?」
「言うなれば下剋上……ふふ、これから我々の本隊もやってくる。戦争になるぞ、この街は」
勝手に話が進んでいた。
「なるほどな……ならば貴様の首塚を戦いの火蓋とするか」
逆巻く炎を従えて、ルディは不敵な笑みを浮かべる。デュラハンは――それに応じず、背を向けた。
「いいや、今宵はこちらも退かせてもらう」
言うなり姿を消す首無し騎士。ルディは舌打ちすると、炎をかき消し旭に向き直る。
「随分と面倒なことになった。こんなはずじゃあ、なかったんだが」
「調査って言ってましたもんね」
「ああ、そうだな……」
そう呟いてから、しばし彼女は瞑目した。それから意を決したように、横目で旭の顔を見やる。
「……いや、お前には話そう。私はお参りに来たんだ」
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