第12話 狂気の足音

 霧が晴れる。暗闇を探索してみるも、やはり落武者の姿はない。先程から気配を探知していたルディも諦めたらしく、溜息をついて肩を落とした。

「逃げられたか」

 機体から飛び降り、旭は言う。

「すみません、僕がもっと上手くやれてれば……」

「いや、その点に関してお前に落ち度はない。よくやった方だ。だが、それよりも――」

 言いながら、彼女は背後に視線を向けた。言わずもがな、そこに居るのは腰を抜かした真彩だ。巨大ロボットを目の前にして、ポカンと口を開いている。

 無理からぬ反応だ。しかしルディはそれが気に入らなかったらしく、彼女の様子に苦言を呈した。

「危険を承知で出向いておいて、これか」

 真彩はこの街に巣食う何かを知らないので、仕方がない気もするのだが。とはいえ、迂闊に藪を突いて蛇が出てきても困る。旭は曖昧な笑みを浮かべ、頷いているように見えるかもしれないぐらいに首を縦に振った

 しかし、その努力は無駄に終わる。ルディは旭の反応に目もくれなかったのだ。

「こんなところに長居するだけ時間の無駄だ。さっさと帰るぞ」

 そう言いながら、彼女は短刀で闇夜を裂いた。何もないはずの空間は切れ目からバックリと流れ落ち、人の営みを感じさせる暖かな空気が流れ込んでくる。落武者の結界をこじ開けたのだ。

 結界の外。旭の壊した町並みは、しかし綺麗に元通り――いや、そもそも本当の世界は壊れてなどいない。壊れたのは、あくまで落武者の作り出した幻影空間だ。

 ふと、思う。

「ルディさんもああいう結界作れるんですか?」

 真彩に肩を貸しながら、旭は訊ねた。

「いいや、私には無理だ。隔離結界ならできるが、異空間を作り出す類の術はあまりにも高度だ。練度以前に適正の問題が出てくる。私は向いていない」

 ただし、と彼女は付け加える。

「適正がなくとも、補助用の魔道具があれば可能かもしれない。どちらにせよ、あの規模の結界を展開できる時点でかなりの強敵だ。油断するなよ」

 打ち合ってわかった剣の腕。それに加えて膨大な魔力。強大な怪異を前にして、旭は身が震える思いだ。心なしか、足取りも重くなる。真彩を支えているから……ということも、あるのだろうが。

 そんな彼女も、宿に戻る頃にはなんとか平静を取り戻していた。

「ねえ、さっきの……」

 呟かれた言葉。ルディに視線をやると、少しばかり苛立っているのが見てとれた。旭の視線に気づくと、切れ長の瞳をギロリと動かし睨み返す。

 怨嗟のこもった視線に負けて、旭はついつい目を逸らしてしまう。そんな二人の様子を見て、真彩は追求を重ねた。

「二人で何か隠してるの?」

 疑問系のていをとってこそいるものの、ほぼ確信しているはずだ。彼女にはルディの魔法もヴィルデザイアも見られているのだから。

 向けられた真っ直ぐな瞳に、観念したのかルディは言う。

「……わかった。全て話そう」

 次の瞬間、彼女は光の矢を放った。記憶を消し去る魔法の矢だ。至近距離から放たれたそれは真彩目掛けて一直線に飛び――回避された。

「なんだと!?」

 目を疑う出来事に狼狽えるルディ。以前に旭が回避したのとはわけが違う。すると真彩は種を明かすように手元を見せた。

「妖刀榧鼠かやねずみ。知らないかな?」

 言いながら見せびらかした短刀は、すぐに光となって消える。ルディが使っていたのと同じ得物だ。

 同じ力を前に、彼女は警戒心を顕にする。

「お前、何者だ」

 対する真彩は余裕綽々。ヴィルデザイアに驚いて腰を抜かしていたとは思えない変わりぶりだ。あるいは、先程の醜態もルディの油断を誘うためだったのかもしれない。そう思わせるだけの余裕が、彼女にはあった。

「やけに疑ってくれるじゃん。刀より魔法のほうがよっぽど怪しいと思うんだけど」

 いつから疑っていたのだろうか。

「……だからタヌキは嫌いなんだ」

 独り語散るルディ。それから特大のため息と共に旭を睨み付け、次いで真彩に視線を戻す。

「簡単に言うなら、セミプロの悪魔払いだ。所属はない。さっきのロボットも貰い物だ」

 ようやく質問の答えを手にいれた真彩だが、その反応は芳しくなかった。

「……本当に居たんだ」

 ルディは心底嫌そうな視線を向ける。

「気が済んだか? ならいいだろ。死にたくないなら、くれぐれも夜道には気をつけるといい」

 それ以上何かを話すつもりもないようで、背を向けその場を立ち去った。明確に拒絶されているからか、あるいは本当に満足したのか、真彩もそれ以上の追求はしない。騒動は穏便に過ぎ去る――かに思われた。

「それでさあ、旭くん?」

 今度は旭をロックオンしたらしい。じっとりとした視線が絡み付くように襲いかかる。

「なんで君があんなロボットに乗ってるの?」

 ルディは既に立ち去ってしまった。黙り込む旭。お構いなしに彼女の追求は続く。

「男の子がああいうの好きなのはわかるけど……あんまり危ないことはしない方がいいよ。雄飛さんは知ってるの?」

「し、知らないですけど……」

「中学生が親に言えないようなことやっちゃ駄目だよ」

 後ろめたい事情を抱えている。それが決して褒められたようなことでないのも理解しているつもりだ。その上で、彼女の言い方は気に障った。

「いや、いいじゃないですか少しぐらい」

「少しじゃないでしょ」

「事情も知らないのに首突っ込まないでもらえます?」

 これでも旭なりに考えて行動しているつもりだ。それに頼る相手ならルディが居る。夏休みなんて忙しい時期に、雄飛にいらぬ心配をかけたくはない。

「真彩さん、関係ないじゃないですか。それじゃ」

 酷いことを言った。

 それでもどうしても譲れないものがある。旭が考えなしに戦っているのだと思われているようで腹が立つ。そんな幼い怒りが旭を突き動かし、結果真彩を冷たく突き放したのだ。

「なっ、ちょっと――」

 制止を振り切り部屋へ戻る。ルディはまだ帰ってきていない。相談したいことは山程あったが、それより今は腹立たしくて仕方がなかった。

 乱暴にシャワーを浴びて、布団に身を投げ出す。冷水で頭を冷やしたのが良かったのか、腸が煮えくり返るような感覚は幾分か収まっていた。



 落武者は焦っていた。

 この男、名を備前藤之助びぜんとうのすけという。はるか昔、能売川温泉街がまだ荒れ地だった頃。麓での合戦に敗北し逃げ延びたこの山で、狩りに来ていた農民に鎧を奪われ惨殺されたことで怨霊となった。

 そうして無念とともに現世を彷徨っていた藤之助が鎧武者という実体を得たのは、売り払われて散らばった鎧が一処ひとところからだ。

 藤之助の甲冑を集めたモノが居る。

 その相手、藤之助がこうして再び実体化した原因を作った存在に、彼は恐れ慄いていた。

 残忍で執念深く、それでいて享楽的なあの男を。

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