第10話 招かれざる客
今日の夕食は真彩が用意してくれた。
「どうよ、凄いもんでしょ」
自慢気に言いながら、真彩は次々と皿を並べていく。そこに並ぶのは、地元の山菜をメインに据えた色とりどりの料理たち。ちょっとしたシェフ程度の腕前を自称するだけのことはある。
だが、旭も簡単に褒めてやるつもりはなかった。幼少期からこの土地で暮らしてきた旭は、山菜料理に関して少しうるさいのだ。
「どれどれ、いただきます……」
さあお味はいかほどか。ザクザクの衣に歯を通し、じわっと滲み出た油と山菜の風味が口の中に広がり――
「うまっ」
山菜料理のキモは、やはり独特の風味だ。ともすればえぐ味になりかねないその特色を、悪目立ちさせずにアクセントとして活かす。もっちりとした肉厚の茎や葉とザクザクの衣で食感も楽しい。
ここのところ増しに増している食欲も相まって、あっという間に平らげてしまった。綺麗になった皿を見て、真彩は苦笑する。
「あー、全部食べちゃったかー……」
「あっ」
空になった茶碗と、対面にある手つかずの茶碗を交互に見て、旭はようやく思い出す。
そこへルディがやってきて――テーブルに並んだ空の食器に目をやり、次いで旭に視線を移した。
「お前、いい度胸をしているな」
三大欲求に根ざすモノ。飯の恨みは、恐ろしい。
「あ、その、その……」
体が竦んで謝罪することもままならない。射抜くような視線に晒され縮こまっていると、真彩が間に割って入った。
「まあまあ。揚げればまだあるからさ。それにあたしもまだだし。さっきのは味見ってことで、気を取り直して三人で食べようよ。味は旭くんが保証してくれてるしさ」
ルディは真彩を一瞥し、少し間を置いてから視線を食器に落とす。何か言おうとしたのかわずかに口を動かし、しかしそのまま何も言わずに椅子にドカリと腰掛けた。
「あ、あの……ごめんなさい」
おずおずと謝罪する旭に目もくれず、彼女はボソリと呟く。
「……次はないぞ」
「ひっ」
そんな会話を見かねてか、真彩は補充のために食器を下げながら苦笑した。
「まあまあ。もうすぐ揚がるから勘弁してあげてよ」
「……フン」
わざとらしく鼻を鳴らす。細められた瞳からは強い不満の色を感じるが、それ以上彼女が不平を述べることはなかった。
気まずい空気が流れる中、追加の料理が食卓に並ぶ。彼女は「いただきます」とだけ述べて、色鮮やかな天ぷらを頬張った。
「……うまいな」
ほんの小さな、ともすれば咀嚼音でかき消されてしまいそうな呟きを、しかし彼女は聞き逃さない。
「でしょ!?」
ルディに認められたのが余程嬉しかったのか、対面に腰掛けた真彩は自慢げに胸を張った。
「いろいろ小手先の技もあるんだけどねえ、やっぱり山菜みたいにクセのある食材は素材の味をベースにあっさりめに仕立てた方がいいんだよね。でも食感の面白い天ぷらは外せない。あんまり油っぽくならないように――」
自慢の料理について、早口で滔々と語る。対するルディはと言えば……聞く耳を持たず、黙々と山菜料理を食していた。調理工程などには興味がないらしい。とはいえ、旭自身も真彩が何を言っているのか半分も理解できていないのだが。
あるいは、彼女は知識を披露することを目的としたわけではなかったのかもしれない。
「……こいつはいつもこうなのか?」
黙していたルディだが、遂に旭へ話を振った。延々と続く真彩の語りに呆れ返ったのか、これ以上旭に矛を向けるつもりはないようだ。
しかし旭も真彩よく知るわけではない。曖昧に言葉を濁す。
「ちょっとわかんないですね……」
そんな二人の様子を見て、真彩は満足げに微笑んだ。
「そうそう。怒りながらじゃご飯も不味くなっちゃうからね」
真意の読み取りにくい相手だと、旭は思った。
※
「今晩、出るぞ」
ルディは言った。
言うなり部屋を後にしてしまったので、旭はただついていくしか無い。しかし辿り着いたのは大浴場だった。てっきり妖怪退治に出かけるのだとばかり思っていたので、拍子抜けしてしまう。
彼女は振り返り、ギロリと旭に視線を向ける。
「お前、いつまでついてくる気なんだ」
目の前には女湯ののれん。旭は急いで立ち去った。
危うく犯罪者になるところだった。宿の反対側まで逃げてきた旭は、上がった息を整えるように深呼吸を繰り返す。
「あれ? どうしたの旭くんこんなところで」
真彩が居た。彼女の問いに、旭は言葉を失う。
「へ!?」
上手い言い訳が思いつかずにあたふたしていると、なにか思いついたのか彼女はポンと手を打った。勘付かれたのかと焦ったが、そうではないようだ。
「オバケが怖くて逃げてきたんでしょ」
「オバケ……そ、そうオバケです。地下で……」
「地下? なんでそんなところに?」
おっとやぶ蛇。墓穴を掘った。しかしまだ修正可能だ。旭は早口で続ける。
「ちょっと肝試しで! それより真彩さんもどこかでオバケを?」
「うん。あたしは外で見たんだけどさ、なんか落ち武者みたいなのがヌボーって突っ立ってた」
それはかなりヤバイやつなのではないだろうか。落ち着かない旭に、真彩はこんな提案をした。
「そうだ。ちょっと見に行こうよ。お姉さんと肝試しのつもりでさ」
事情を何も知らない彼女は、その落ち武者も何かの見間違いだと思っているのだろう。しかしこれまで旭の周囲で起きた出来事を鑑みれば、それが危険な存在であるということがわかる。
ルディに話をするべきだろうか。しかし彼女は入浴中。もうしばらく時間がかかる。それに、彼女を巻き込む理由を真彩に説明できない。
「ほら行こうよ。大丈夫、お姉さんがついてるからさ」
ぐいと手を握られ、そのままバランスを崩す。転びそうになったのを歩くことで立て直し、流れで外に連れ出されてしまった。とんでもない意思の弱さである。
見慣れた夜の街。しかし、旭はそこに一抹の違和感を覚えた。その正体がなんだかわからず、ただただ不安が降り積もる。肝試しには丁度いいぐらいだが、しかしこの違和感は不愉快なばかりだ。
「いい雰囲気だねえ。肝試しには丁度いいや」
しんと静まり返る闇の中で、真彩は言う。
そうだ。いくら客足が落ち込んでいるとはいえ、長期休暇中の観光地である能売川温泉街がここまで寂れているはずがない。
「気づいたようだな」
「誰だ!?」
振り返る。そこに居たのは――鎧武者。
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