第七章「無謀の騎士」-その3

 右手でポケットに突っ込んでおいた魔素軍用食を取り出す。

「随分お疲れのようでしたが、なるほど。それを使っていたのですか」

「ああ。魔素を吸った途端おがくずみてえにスッカスカになって、腹ん中で暴れやがる」

「もともとが、戦闘後にゆっくりと食事しながら魔力を効率よく回復させるものですからね。乱用は副作用の方が大きい。下手な薬物より危険なものですよそれは」

「そうだな。コイツは死ぬほどマズい」

 ゆっくりとした歩みで、遂に奴と俺との間に、障害物が一切ない箇所へとたどり着く。

 この腐れ執事に勝つために、お嬢様を救うべくナイトが編み出した策は、あまりにも下策といえる。まずこの作戦を立てて賛同を得られるはずもない。戦術論でレポートを出せば再提出を免れない。そんなことは分かっている。それでも俺は、これしか出来ないと思った。

 最適解のために、相手との瞬時の判断が必要な読み合いを避けるために、やれることとやれないことを整理し、取捨選択といえば聞こえがいいただ捨てるだけの思考を繰り返した。相手は超魔核、今までのように魔素の流れが見えない相手に不意を突いた魔法を当てるのとはワケが違う。引き撃ちは許されず、インファイトは圧倒的不利。それでも柳尚吾を倒すため。片喰禊は決断をした。後は動くだけだ。

 俺は握ったおがくずを口に放り込む。魔核が唸りを上げ、魔力を吸おうとするが、さっき食ったおかげで魔力は蓄えることが出来ない。そのまま消化が始まる。

 当然柳尚吾が見過ごすはずがない。魔法の匂いを感じ取れば、すぐさま保食を殺すだろう。

「確かに強いよお前は」

 相手は俺が身体強化の魔法を使ってくるだろうと読んでくるはずだ。体内で魔力を消費しきる分には、相手には魔素の動きが見えないからだ。その上でこっちから突っ込ませてインファイトに持ち込む気だったのだろう。絶対勝てると思っているから、遊んでやろう位に考えているかもしれない。

 俺はその読みに乗る。身体強化の魔法だ。ただし、持てる魔力を全て右足の筋肉に集中させる。俺が最後に捨てた思考は「次の策を講じること」、この一撃で相手が沈めばいい。身体強化魔法は、加速が主な力だが、負荷に耐えられるよう体全体に魔力を回す。だが、そんなものは今はいらない。右足の筋力を強化し一瞬で魔力を使い切るまで放出する。足の骨とあらゆる臓器を捨てることを俺は認めた。

「それでも!!」

 最早自分でも激痛しか感じられない。視界をまともに取ることは出来ない。呼吸すらもままならず、腹の中の空気が内側から臓器を押しているように感じる。

「なっ!?!?」

(はじめからチェックメイトなら意味ねえよな!!)

 柳も反応が出来ていないことだけが伝わってくる。それでいい。

 消化されていただけのレーションが瞬く間に魔素を吐き出していく。魔核に栄養が流れ込む。痛めた体に酔いと眩暈が重なる。そんなもの今更どうでもいい。俺は「自分」が無事であるために、「自身」が無事であることを捨てた。

 魔力は回復した。自分の溜め込める魔素量の限界までとはいかないが、それでもコイツを蹴散らすだけの魔力は作れる。その魔力を、今度は右拳に貯める。胃が荒れ果てたのか、次は血を吐き出した。腰を捻る。今度は止めるな。振りぬけ。振りぬけ。

(振りぬけえええええええええええええええええ!!)

 腕が伸びきる手前の一番いいところで拳に感触が伝わる。そのまま前に加速をつける。刹那に等しき一生を、永久にも等しき一瞬に乗せて放つ。

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