第七章「無謀の騎士」-その2

「……来ましたね。待っていました。片喰くん」

 柳尚吾とか言ったか。その男が俺の到着を予見していたようだ。俺はまるで平時に教室に入るかのように扉を開けたのだが、奴はそれを見ていた。

「驚きもしねえか。まいいや、お嬢様を返してもらうぜ」

「片喰くん!?」

 保食が驚いたような顔をして声をあげた。無理もない。俺は彼女に別れを告げてこの場を立ち去ったのだから。

「どうして此処だと判ったのですか?」

「俺なら動くのめんどくさいって思うからな。ましてや無能政治家を出しに使ってるんだ。一番遠いところこそ灯台において暗いところ、ってな」

 柳は大笑いしだした。

「あっはっはっはっはっは!! やはりあなたは素晴らしい! 是非欲しい人材だ。今気持ちが変われば我々はあなたを歓迎しよう!!」

「悪いが内定なら辞退させてもらうぜ。条件が合わないんでな」

 そういうことじゃねえってことをいい加減分かって欲しい。柳は笑うのをやめ、真剣な顔になり保食に銃を向ける。

「と言うことは、此処で戦うのでしょうか? 下手に魔法を使えば、この子を撃ちます」

「……とりあえず先に経緯でも聞こうかね。お前は楠本に保食葵殺しの罪を擦り付けて、父親を怒らせて、それでどうしたい?」

「そこまできてるのなら答えは自ずと見えるものではないのですか?」

 柳が不思議そうに投げかける。

「……なんとなく分かってきたぜ」

 俺もこの男が考えそうなことがようやく理解できた。

「『暴君を止めるための殺人』が革命の最終段階、ってとこだろ。此処での罪を楠本に投げて、その上で好き勝手部隊を使う保食圭造を作る。それを止めるため、やむを得ず殺し、自分は英雄に。そこにどんな理由があるかなんぞ知らないが、世間から赦される殺しをお前はしたいんじゃないか?」

 目の前の下克上思考の秘書は、悪そうな笑みを浮かべていた。

「そうです。その為に、まず娘を殺す。放課後すぐを狙うつもりでしたが、居残りになるとのことが分かって、時間をずらせたので私達としては制圧しやすくて楽でしたね」

 いかにも効率重視って雰囲気が政治家らしくて気に入らない。

「馬鹿政治家には『彼女を捕まえるより、自由にして身柄を要求した方が良い。時間をずらせば制圧も容易になるし、要求が飲めないなら他の人質を殺す。止めて欲しければ金か権力を求める。奪えれば革命にとって大きな進歩となる』とかなんとか言ったんだろ」

「正解です。やはりあなたは鋭い推理力をお持ちのようだ」

「そうだな。ありがたいことに考えることだけは得意なようだ」

「そうですね。どうやら行動に移すまでのラグは、大きいように感じますしね」

 ドンピシャなところを突いてきた。

「考えてからじゃないと動けない。だから咄嗟の判断をしたがらない」

「俺も政治家向きかもしれねえな。兵士になるにはちょっと思い切りが足らねえ」

「それでもあなたはさっき私を殴れなかった。本来止まるはずのない拳を止めたのです。その時点で勝敗は決まっていた」

 野郎が少し勝ち誇った顔をしているのが気に障る。

「あなたはあの時点で察していたのです。『戦っても勝てない』ということに。それこそ本能だったのでしょう。だからこそ、私はあなたの優秀さを買いました」

 柳は左手に持っていた銃を構えなおして、保食の方へ向ける。

「ですが、最早交渉の余地はないのでしょう。惜しいですが、仕方ありません」

 俺がここで始めて保食を見た。腕は後ろで縛られているようで、自由が利いていない。足も同様に縛られている。言葉を交わしていたのか口は塞がれていないが、これはさっきの声を聞いて分かっていたことだ。

「どうして……? どうしてなの片喰くん!!」

 これまでほぼ置いてけぼりだった保食が、生涯最後になり兼ねない貴重な会話を俺に費やしてくれた。

「無事にはおうちに帰れなそうだったから、かね。一番安い投資で一番高い回収がつきそうなモノを選んだ」

「ほう。その投資とは何でしょう? 興味あります」

 隣の野郎が割ってはいる。俺は男の問いを保食に伝えるため返した。

「今日お前らがどうこうしてくれてから、命以外にベットするものがあったように見えるか?」

 俺はゆっくりと歩き始める。せめて奴の正面に立たなければ勝ち目がないからだ。それを悟られないように進む。

「確かにあなた、もう随分ズタボロですね。左腕も大変なことになっている。早く止血しないと腐ってしまうかもしれませんよ」

 これから、とても長い戦いが始まる。片喰禊と柳尚吾、その決着は強大な壁がそそり立った向こう側の未来、時間にしておおよそ一分後だ。

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