第六章「名も知らぬ者との遊び」-その4

「……三咲っ!!」

 三咲蘭が何かと立ち合い構えているボロボロな後姿を見て、俺は勢い良く飛び出した。相手の顔が見える。さっき転んだフリをして助けさせ、その隙をついて突き飛ばした男だ。相手の目線が俺の方に向いていることに気がつく。俺は拳銃を相手のほうへ向けたが、その頃には相手の小銃は既にトリガーを引いていた。数発を避けることが出来たが、一発だけ拳銃に直撃し腕に来る衝撃と共に、手から弾けとんだ。

「っ痛ぅ……」

「アンタ何しに来たのよ!」

 三咲が叫ぶ。続いてオッサンが声を出す。

「やっと遊んでくれるのかい。待ってたぜクソガキ」

「さっきまでと性格変わってねえか?」

「さあな。壁に頭打ちつけて変わったかもな」

 三咲がその会話の合間に距離を取る。

「私の話は無視?」

「悪いな余裕が無かった。こっちに保食がいるみたいでな」

 俺は刀を抜き放つ。

「なあ。そこを通しちゃくれねえか」

 男が笑う。

「そいつは無理なお願いだな」

 ……俺はふと思いついた。

「ならアンタを雇うか、傭兵だろ?」

「相場がわかってて言ってるのか? 日当で二百四十万ってところだ。払えるのか?」

「そんなもんでいいのか。なら今から二千円くれてやる。一分そこで突っ立っててくれよ」

「悪いが一日単位での契約でな。因みに前金は三割からだ」

「この御時勢に融通利かねぇな」

 当然わかっていた答えだ。その上で悪態を突く。三咲が少々怒り気味に言う。

「ねぇ。そろそろ此処をなんとかしないかしら?」

 その通りだ。この壁を越えなければわざわざ必死こいてヒーロー気取った意味が無い。何も無駄に会話を繰り広げていただけじゃない。試行錯誤の思考の結果、ひとつ敵を倒すに手段を思いついた。

「時間稼いでくれ。五秒もいらない」

「そう。五秒で死ななければいいけれど」

「そこは頼むぜ。……いくぞ!!」

 俺と三咲、同時に走り出す。三咲が身体強化魔法を使って俺の前に出る。

「速い。確かに速ぇ。だがちょっと速いくらいでどうにかできると思うなよ!!」

 身体強化の魔法で単純な出力を上げたところで、スピードは限界で二倍、体の負荷を考えれば常時発動するものとしては三十パーセントも出せばいいところだろう。鍛えてる兵士からすれば、そこまでの脅威ではない。目が追えれば対処できるからだ。実際のところ、問題は体格差や熟練度に強く依存している。だからこそ三咲蘭はこの男に苦戦しているのだろう。

 三咲と兵士が至近距離で向き合う。三咲が右拳を突き出す。片手で弾かれる。予測していたように後ろ回し蹴りに入る三咲、それも右手でガードする相手。足を引き、今度は左手を出す三咲、その手は電撃を帯びている。男は三咲の手が触れる前に銃のストックで彼女の腹を殴りつける。

「うぐっ……!!」

 そのまま地面に叩きつけられる三咲。男はそのまま俺のほうを見る。

 当の俺は何をしていたかと言うと、今まで魔素軍用食を口に投げ入れていた。苦味が口に広がる。俺はこれから使う魔法とそれによって足りなくなる魔力を補うために、この世紀的に不味い食べ物を無理やり蓄える。

「お前には借りがあるからな!!」

 男が小銃を俺に向ける。俺は左手を伸ばし口を閉じたまま叫ぶ。

「う“う”う“う”う“う”う“う”う“う”う“う”う“う”!!」

 バレルに左手が届く。

(掴んだ!!)

 俺は魔力を込める。熱量を無理やり引き上げる。バレルが赤く熱を帯びる。三秒ほど、力の張り合いが始まる。バレルから来る熱で自分の手が焼ける。

「離せ……!!」

 熱を帯びて柔らかくなったバレルを捻じ曲げる。手を離せと言っていた奴から先に手を離してくれた。そのまま体を回して銃をぶん投げる。男には当たらず、その後方に落ちる。

俺は口の中のものを飲み込む。ここで俺は不味い以上の魔素軍用食の弊害を感じる。大量に体に取り入れた魔素が急激に吸収され、酔いに近い状態が起きる。視界が歪む。おまけに、魔素を取り込んだカスは非常に質の悪いものしか残らず、胃を傷つける。めまいと同時に吐き気が襲う。

「っっっうおおおおおおおお!!」

 そのままもう一歩飛び出す。

「くそっ!!」

 男が下がりながら左手でホルスターから拳銃を抜こうとする。

(そこだ!!)

そのまま相手の拳銃正面に掌底打ちを放つ。一見自殺行為に見えるが、これでハンドガンを無力化する。スライドを押し込む。これでハンマーが叩けなくなる。振り払われればすぐ復活してしまう話だが、相手にはたった今魔法の力を見せ付けたばかりだ。

 奴は俺が出した冷気を感じて手を離す。拳銃のスライドとバレルの間を狙い水蒸気で凍らせた。魔力を存分に放った所為か、拳銃全体がほぼ凍り付いていた。さっき魔法の力を見ただけあって、相手も相当警戒しているのがわかる。

「終わりだぁああああああああああ!!」

 相手の腕を自分の腕で固め、そのまま全体重に吐き気を乗せて男に肩からぶつかる。結局さっきから同じような方法で相手の制圧を試みている自分に気がつく。が、ただでさえ吐き気が酷いのに、相手の叫びが飛んできて苛立ちがそちらに寄っていく。

「んこのやろおおおおおおおおおお!!」

 男が脇から素早くナイフを抜く。ここまでは予想していた。このままでは背部のどこかしらに傷を作ることになるのはわかっている。わかっている……。

 相手を瞬時に、それこそさっき使ったような電圧をかける魔法を使えるほど、魔力が残っていない。凍結で魔力を大量に消費したからだ。魔力の効率化が緊張と恐怖によって失敗した。

(それでなくても、別種の魔法に切り替えるのは難しかった、か……)

 敵がナイフを振りかざす。俺には対策を考える余裕が無かった。

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