第六章「名も知らぬ者との遊び」-その1

 勢い良く倒れる銃座の音に、禊は驚いた。何が起きたのか察するまでに数秒かかった彼は、横から飛び出していく好宮に気付くのにも遅れる。

 周りの銃を抱えた男達が気づいた頃には好宮紫は壇上に飛び込んでいた。

 気がつけば、縛られている少女の近くで銃を構えていた兵士が回し蹴りを浴びていた。

あまりにも自然な流れで意識を刈り取られた男達を見て、その場にいた人間のほとんどが自分の立ち位置を忘れていた。

 我に返った禊は拳銃を抜き、さっきまで人質していた生徒達がとっ捕まえた男の顔を確認した。先ほど情報処理室で見た男、楠本浩太郎だ。

 すぐに楠本に銃を向け禊は叫ぶ。

「お前らの依頼主はとっ捕まえた! 状況は逆転した。迂闊に動くんじゃねぇぞ!!」

 紫が壇上で捕まっていた女子を解放し戻ってくると同時に、先程禊から受け取ったRF-715を熊谷に突きつけた。

「熊谷一、此処までだ。おとなしく投降しろ」

 熊谷はその豪快な顔を歪ませる。口角が引っ張られていく。

 しかし、それは笑顔を作るためだった。

「そいつは既に俺のクライアントじゃないのさ」

 周りの兵士達が銃口を禊達に向けた。

「どういうことだ!? 私を裏切ると言うのか!?!?」

 真っ先に声を上げたのは、さっきまでふんぞり返っていた筈の政治家だった。

 熊谷は楠本へと言葉を投げかける。

「さあな。まだ報酬は貰ってない」

「何を言っている! 十分な前金は払っているはずだぞ!!」

「あんなので十分だって言うんだからお前の程度が知れている。あの秘書は既に五千万円を入れているぞ」

 唐突に規模の大きい言い争いが始まった。実に牛丼十万杯分、自販機の缶コーヒーならば二十五万本にも及ぶ金額が飛び出し、禊は困惑した。

 確かに此処まで理解できない状況は多く存在した。柳の目的、保食の居場所、取り下げられない相手の要求。その全てに答えを出せないうちから、更に問題が降りかかって来る。

「なんだと!? あの狸め……騙しやがったな!!」

「理屈はわからねえがアンタ、ハメられたな」

 禊はちょっとかわいそうになって、声をかける。そのまま正面へ向き直り、熊谷へと訊ねる。

「保食はどこだ!? 柳の目的は!!」

「それを聞いて俺らが答えると思ってるのかよ」

 熊谷は禊を嘲笑した。そのままにやけ面で続ける。

「あの小娘、今頃どうなってるのか。まだ生きてるといいな」

「保食葵を捕まえたというのか!?」

 再び楠本が割ってはいる。

「あの娘は本来捕らえる予定ではなかったはずだ!!」

「そりゃあな。なんでアンタを裏切るのにアンタに真実を語らなければならない」

「なんだと!!」

 禊は、この男に拳銃を突きつけておくことの効力の無さを察し、熊谷のほうへと銃口を向けた。

「アンタがとっ捕まえて、殺すんだよ。保食葵を」

「どういうことだ!!」

「そのままの意味さ。そして、お前が防衛大臣保食圭造の怒りを買う」

(ほんの少しだが、見えてきたぜ)

 禊は今銃を向けている相手たちの意図を思い描く。そして、刀に手を伸ばす。

「お話に夢中だと思って動かれちゃ困るんだよ!!」

 熊谷が叫ぶと、周りの兵士達が一歩近づく。

 刹那、視界が白くなる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る