第五章「熱で撃鉄を叩け」-その4
日差しを諸に浴びながら、女の子ならば多少なりとも気にするであろう紫外線など目もくれぬうら若き乙女が此処にいた。
校舎の屋上で彼女は、自分の焼ける肌を「ビタミンDの摂取の為」と割り切りながら、似つかわしくないほど物騒な狙撃銃を握り締め、スコープを覗いていた。
(なんでこんなことになったのかしらね)
三咲蘭は、自分が置かれている現状の壮大さに一瞬力が抜ける。すぐに気を張りなおすが、日光で焼ける頭を冷やして考えてもやはり話がぶっ飛んでいると感じる。今さっき勢い良く飛んで行った男が「開けてやる」と言っていたカーテンとにらめっこを始めて数分。中ではどうやら片喰禊が暴れているらしく、今まで鬱陶しく聞こえていた蝉の声が遠くなり、徐々に恋しくなる。
これから自分が狙撃をするのだと、高鳴りたい心臓の鼓動を無理やり押さえつける。この引き金を引くときを、引き終えた後の結果を、待つ。
「片喰禊、ね」
先刻まで隣で自分に理屈をこねて、自分をここまで引っ張り出した人間の名前を呟く。今まで散々、無駄にライバル意識を向けてきた相手だけに、此処で朽ち果てて欲しくない命だった。
今後もし日常に還ることが赦されれば、私はまた彼に真面目な顔をして小言を言うだろう。
しかし彼は、これまで同様適当にあしらうのだろうか。
彼は、今まで私の言ってきたことをどのように感じ取ったのだろう。彼の目に、私はどう映っているのだろう。
間違ってもあの男に恋することなど有り得ない。これはライバルとして、高みを目指すものとしての尊重と、それによる好奇心から溢れる感情である。この感情に熱があるうちに、指先に、撃鉄に、弾丸に、この熱を込めて打つ。
自分の性格が、どちらかと言うか冷たいものであることを三咲蘭は重々把握している。だからこそ自らが引く弓に、打つ銃に、熱いものが彼女には必要なのだ。高鳴ろうとしている心の臓を無理やり押さえ、篭る熱を指から銃へ通し、弾丸へと込めていく。
その時、スコープから覗く視界に変化が訪れる。視線の先の窓と、カーテンが開かれる。
しかし、まだ建物の中は見えなかった。中は煙で埋まっていた。外へと煙が吐き出されていく。この視界が開けたとき、標的を捉え引き金に掛けている指を引かねばならない。
蘭に緊張が走る。どんな訓練にしてもどんな試験にしても、実際に弾を撃つまでの時間はとても重いものになる。ましてや実戦で、人がいる場所を撃つのは初めてだ。今までに感じたことのない重圧が彼女を蝕む。
(大丈夫、大丈夫)
蘭は自分に言い聞かせる。先ほど自分のライバルたる男に見せた、職人であるかの様な姿勢を思い出す。溜め込みすぎた熱を、それでもまだ放たず、熱量を上げていく。
目の前の開け放たれた窓から出て行く煙が、徐々に薄くなっていき、その終わりを見せる。自分はまだ煙を吐き出せないことにもどかしさを感じる蘭。もうすぐだと言い聞かせるように、汗でべったり張り付いたあらゆる部分を剥がし、姿勢を正す。
煙が抜ける。視界が開ける。蘭は覚悟を決め、目を凝らす。
目の前に見える光景に判断を下し、撃つものを決めて、撃鉄を叩かねばならない。此処では焦ることも、止まることも許されない。
目を見張る。椅子に縛られた少女、謎のコードが伸ばされた銃座、銃を持った一人の兵士。判断し照準を合わせる、そこまで一秒程度。今、三咲蘭の温度は最高点に達している。
(……ここ!!)
確信と共に、二零九二式から、彼女の熱が放たれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます