第五章「熱で撃鉄を叩け」-その3
さっさと話を切り上げて、俺は今次に打つ一手を考えたかった。しゃがみこみ、誰だかもわからない近くの人間の腕に結ばれた紐を解く。
「ああ。だが上に一人捕まっている。銃座にセンサーが付けられていてな。連動して発砲される仕組みになっているようだ。お前がセンサーを踏んでいたら彼女は死んでいたな」
どうやら好宮紫という女性は、人情をいうものが薄れているらしい。
「淡々と言わないでくださいよ! 言われると自分のしてたことの危うさが沸々と伝わってきますね!! ……ふぅ。あっちの命運は三咲に託しました」
俺も俺で人情と言うより、理屈でものを追っているような気がした。
「ここにいるのか?」
「いえ。外から狙撃します」
「視界が取れていないぞ! ましてや煙まで撒いていて、正確な位置を目視してもいないのに危険だ」
自分のリスクになりそうなこと、例えば間違って同士討ちをしてしまうなど、そういうことに関してはこの教師は敏感なようだ。俺はここぞと言わんばかりにこう言ってやった。
「視界はこれからはっきりと確保できます。餌が自ら罠に飛びついてくる……!!」
数秒顔を固めていた先生だが、流石と言っていいのだろうか。縄を解く手だけは一切止まることはなかった。
「そうか。あとは狙撃手の腕次第、か。ところで保食はどうした」
俺は質問の意図を考えた。そして悩むこともなくきっと彼女は此処にはいないことを察した。
「どこに捕まってるのやら。鬼ごっこは大敗ですね」
「そんなところか。それで必死こいて自分だけ逃げ出すっていう、お前の生にとって一番有利な手を取らずにこんなところにいるわけか」
ひとつの期待する答えを聞くべく、俺は尋ねた。
「らしくないです?」
「ああ。一目惚れか?」
余計な一言によって、御歳十七童貞貫徹貴公子こと片喰禊氏が、一番苦手とする類の回答を要求されてしまう。しかし高揚感によるものなのか、いつもなら吃ってしまう場面でそれはそれは言っていることとその内容が不釣合いなほど淡々と喋る。
「どうでしょうね。可愛くないと言えば嘘になりますよそりゃあ」
「お前もそんなこと言えたのか」
ここで現実に引き戻すように、どこかで聞いたような、聞いてないようなオヤジの声が耳に入ってくる。
「こんなガキ相手に何やってる!? 早く対処しろ!!」
「きゃあ!!」
嫌な音と共に女生徒らしき悲鳴が聞こえた。先ほど放っておいたスーツの男が蹴り飛ばしたのだろうか。縄を解く人数は鼠算的に増えていたため、もうほとんどが自由に動けている。俺よりも体が良く動く人間が数人そそくさと鈍臭そうなオッサンを取り押さえる。
「いい捕虜が出来たみたいっすね」
「そうだな。あとは――」
次から次に書き換えねばならない情報ばかりでここは忙しい。しかし、ここはどうやら俺の予想通りに動いてくれるみたいだ。
「窓だ! 窓を開けろ!! カーテンもだ!!」
遮られた会話の続きによる先生の言葉を俺は待った。答えが来るまでに実際には一秒にも満たないが、この待ち時間はその数十倍程度に感じられた。
「……学年一の狙撃センスに託すか」
「こっちはこっちで急ぎましょう」
俺は俺よりも優れているはずの人間がこんなにもいる中で、自分がその人間達を救助しなければならないという状況に、ちょっと不思議な感触を味わっていた。舌で転がしている余裕はない。早く保食のいる場所を嗅ぎ付けなければ――。
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