第五章「熱で撃鉄を叩け」-その1

「むさくるしいな此処は」

 熱気の中、冷房も点けずに締め切られた体育館の中に、楠本浩太郎はいた。

 今、体育館には総勢六十一人の人間がいた。人質三十人と、武装した「ノーブルベアー」の構成員三十人、そして楠本浩太郎である。

「状況はどうなんだ? うまくいってるんだろうな」

 誰に向けられたともわからない、いかにも偉そうな奴が言いそうな台詞に、横から答えを出すものが現れた。

「仕事は順調だ。無事にこなすさ」

 答えたのは一人の武装した男、ノーブルベアー代表熊谷一(くまがいはじめ)だ。

「ならばいい。高い金がかかってるんだ。確実にやってもらわねば困るよ」

「わかっている。報酬分の仕事はしよう」

「それで、例の小賢しいガキ共はどうした?」

 楠本は、必死に逃げている禊達の行方を聞いた。

「今さっき連絡があったが、特別教室棟とやらには発見出来なかったらしい。既に逃げてたりしてな」

 熊谷の答えに楠本は苛立ちを見せた。

「憶測でものを話すな! 不安要素は全て叩き潰せ。どうせこんなところに人数置いていても無駄なんだ。もっと人間を回してくまなく探せ!」

 熊谷は大きな溜め息をつく。

「冗談くらいわかって欲しいものだな。わかった。準備しよう」

「お前ら……!!」

 このとき、人質の群れの中から声が聞こえた。口を開いたのは、禊達のクラスの担任、好宮紫だった。見張りの一人が、彼女に向けて銃を向ける。

「静かにしてろ! 口まで封じられたいのか!?」

「まあ待て」

 楠本が兵士を制した。

「彼女らだって貴重な資源だ。可能な限り失いたくはない」

「畜生……クズめ!」

 怒る紫を見て、楠本浩太郎は満足げに上から言葉を投げる。

「畜生に落ちるのはそっちなんだよ」

「……」

 煽りを受けて、紫は以外にも冷静になる。彼女はそういう性格だ。相手に急かされるほど冷静に、しかしスピーディに状況を把握し、打開する策を練る。彼女は警察で魔法機動部隊に所属していた。その類まれなる魔法へのセンスと同時に、そういった冷静に判断できる能力を認められて、この試験学校にて教鞭を取ることとなった。

 今回も、生徒が既に人質に取られていなければ彼女なら何とかしていたかもしれない。

「はぁ……。こんなことやっても無駄でしょうに」

「いいや。私は必ずこの計画を完遂し、日本と言う国に革命を起こそう!!」

 楠本浩太郎の目はきらきらとしていた。両手を広げ、いかにも自分のなそうとしていることこそ世界の真理であると、そう信じて一切疑わない、そんな勢いを感じさせる。

「まあいい。最初に殺すのは私にしろ」

「どうした、自分の生徒が先に死ぬ様を見たくないってことか? 涙ぐましいね。だが駄目だ」

「何故だ? 別にいくらでも殺すんじゃないのか。順番くらい」

「そうはいかない」

 食い気味に楠本は声を出す。

「言っているだろう。君たちは資源だ。そして君たち資源には有用性において順位がある」

 楠本浩太郎はまるで会議で企画を提案するかのように語りだす。

「キミは優秀だからね。優秀な順番に殺すと相手が交渉に応じない可能性が高くなる。弱い奴から殺していき『こいつらは本当にやる』ってことを理解させた上で交渉に応じてもらう」

「全員死ぬまで応じなかったら?」

「それはそれでかまわない。国民が今の日本政府に怒りを覚える。当然だ。民を見殺しにするような政府に国を任せてなどおけるはずがない。そうすれば、私でなくとも新たな革命を起こす者が出てくるはずだ。超魔核が力を行使すれば、その理不尽さに人々は立ち上がる。人間と超魔核、個体数の差は約五十倍。蹂躙など造作もない!」

 徐々に楠本の言葉に力が篭っていく。

「元来人は、自らよりも凶暴な種をあらゆる手を用いて従えてきた!」

「それはどんな種であろうともだ!! 超魔核とて例外ではない!!」

「言うことを聞くものは奴隷として! 聞かぬもの、使えぬものはゴミとして!! 人々の繁栄の礎となるべきなのだ。当然だろう?」

 ひとしきり演説を終えた楠本は、飽きたように熊谷に言葉を投げかける。

「少し熱くなってしまったな。お前らはあのクソガキ共を始末する準備は出来たか?」

「ああ。十人連れて先行部隊と合流する。校舎を全て叩きつぶす。俺も見て回ろう」

「ぬかるなよ」

 熊谷は背中で楠本の言葉を受けると、振り返ることもなく体育館の入り口へと、言葉通り十人の部下を抱えて歩き出す。

 総勢十一人で作られた鬼の群れは、与えられた任を果たし報酬を得るべく、校舎内で高校生とかくれんぼを始める。

先頭を歩く男が扉に手をかけたその時、


 連続したはじけるような音と共に、上の窓が割れる。群れの一番後ろにいた熊谷が音の方向を振り向く。

「銃声!?」

 同時に穴だらけになったカーテンが開け放たれ、逆光によって白に支配されるはずの視界の真ん中に何かの影が見える。

「敵襲だ!!」

 周囲の兵士たち全てが、その言葉で銃口を割れた窓のほうへ向ける。

 未だ正体の見えぬ影はそのまま二階通路を走り出した。

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