第四章「巻き込まれた協力者」-その8
禊は知ってか知らずか、顔色を変えることなく答える。
「そんなん無理に決まってんだろ。俺はスコープ覗いてると心音が気になって引き金なんか引けやしねえんだよ」
禊は、いつもならポーチにぶち込んで放置してあるナイフを探して手を突っ込んだ。彼の予想通り、刃渡り約百五十ミリメートル全長二百七十ミリメートルのコンバットナイフを鞘ごと取り出した。そのまま柄の部分にロープを結びつけ始めた。
「ここの屋上から体育館の屋根まで最短距離でどのくらいだ?」
「それは高低差も考慮してってことよね。一番近いところを突けばだいたい二十メートルって所かしらね」
蘭の回答に禊はロープの長さを照らし合わせて呟く。
「ならやるしかねえか」
なんとなく目の前の男が次に何を言うか察していながら、蘭は尋ねた。
「やるって何を?」
「快適な空の旅さ」
「ジップラインって言いなさいよ。アンタ正気?」
「他に何があるよ。時間があればもう少しゆっくりお散歩したんだがな。ナイフは持ってるか?」
蘭は溜め息を突きながら持っていたナイフを投げ渡す。
「持ってっていいわよ」
「ありがとな」
禊は受け取った蘭のナイフをポーチにしまい、自分のナイフを構える。
「ここをミスったら元も子もないからな。たのむ、ぜ!」
禊はロープをくくりつけた自分のナイフを投げる。ナイフは回転することなく真っ直ぐ飛んでいく。
本来素人がナイフを投げると縦に回転する。無回転でナイフを飛ばすという技は計り知れない程の訓練をつむ必要がある。
禊は手を離す瞬間ナイフに魔法で直線的加速をつけた。ロープをつけていることも相まって、ナイフは綺麗にほぼ直線に飛んでいく。
鈍い音と共に体育館の窓ガラス上の壁面に刃が見えないほどに深々と刺さった。禊はロープを少し引っ張り、抜けないか確認する。
「行けるかね? これ」
蘭はスコープを覗きながら適当に答える。
「まあ落ちても死なないんじゃない?」
「落ち方次第か」
禊はそのままロープを屋上のフェンスの柱に結びつける。
「さあここからだ。人質一人はショーが開かれたときのためにどこかにくくりつけられているものとする。そいつを解放するのがお前の仕事だ」
「視線さえ確保してくれればやってあげるわ」
蘭の迷いのない、職人のような返答に、禊は左手の親指を立てる。
「頼むぜ」
蘭は目線を合わせることなくサムズアップを返す。禊は一メートル半程度に切り分けたロープを体に巻きつけ、ポーチについていたカラビナを外し結びつける。
「さあて、いくか」
震える体を奮い立たせるように、禊は呟いた。フェンスをゆっくりと乗り越えて、伸ばされたロープにカラビナを引っ掛けた。
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