第四章「巻き込まれた協力者」-その6
普通棟にたどり着いた二人は、ひとまず安堵した。
「飛行魔法ってのはいつになったら実現するのかね」
「言ったって仕方ないでしょう」
「そうか、それもそうだな。よし、屋上行くぞ」
「警戒しなさい。敵がいる可能性はゼロじゃない」
禊は小さく首を縦に振り、行動を開始した。
屋上までの道のりは、匍匐前進でのろのろと動いていた彼らにとって、想像以上に長い移動距離に感じられた。破壊された屋上の扉を見て、蘭は呟いた。
「進入方法として降下でも選んだのかしら。ずいぶんと大胆ね」
「いや。追われたてたから俺が閉じ込めた」
「状況が理解できないのだけれど」
「生きて帰れたら教えてやるよ」
「そう。楽しみね」
二人は外へと出た。禊は今になって、日光が目に与える痛みを思い出した。
「っ痛ぇ……。とっとと偵察すっか」
蘭は既にスナイパーライフル「二零九二狙撃銃」のバイポッドを展開していた。二零九二式狙撃銃は二〇九二年に開発された日本製のボルトアクションライフルである。スコープ非搭載で重量約六キログラム、最大有効射程は約四千メートルあり七・六二ミリ弾を六発装填する。
「ところでアンタ。双眼鏡持ってきたの?」
禊は平然と答えた。
「ん? 無理だった」
「そうだったわね……っと」
蘭は銃口を体育館に向けスコープを覗いた。
「……ビンゴね」
「見えたか?」
「カーテンの隙間からほんの少しね。人質が見えた。取り合えずアンタの読みは合っていたわね」
「合ってなきゃこの辺を大胆に歩いてなんかいないさ」
「でも、まだ中はわからない。配置も状況も不明。わかるのは、今はまだ無事だってことだけ。残り時間はどのくらいなのかしら」
「残り時間っつったって。既にお嬢様はとっ捕まってんだぜ……そうだ待てよ」
禊は焦りに身を任せ携帯端末を取り出し、SNSを開く。
「……そうだ。おかしい。もう目的は達してんだ。解放されててもおかしくないはず……だ、ろ……」
いくら検索をかけても、相手方からの人質解放等の情報も出ることはなく、体育館を見ていてもその様子は見られない。
禊はふと思い出したように電話をかけ始める。相手は、自分を置いて一人颯爽と帰宅していった、末洲舜月だ。幸いなことに、舜月は三コールもしない内に受話器を取った。
「禊、無事なのかい」
「まぁなんとかな。学校の敷地内から出れないのは事実だが。お前は難を逃れたみたいじゃねえか」
「予感がしたからね。それで、どうしたんだい?」
禊は外からの確実な情報を得るために舜月と多くの質問をしていく。
「中からじゃ大して情報が得られねえ。ふたつだけ聞きたい」
「オーケー、禊。一応周囲には常に警戒してね」
「犯行声明と言うのは少し違うが、相手さんは保食葵を要求してるんだが、それは知ってるか?」
「そうだね。ニュースでもインターネットでもその話題で持ちきりだよ」
「わかった、次だ。保食葵は既に奴らの手によって身柄を確保された。その情報と、それによる人質の解放に関する宣言等はないか」
「……調べてみる」
舜月は必死になってキーボードを叩いているのか、電話の向こうからカタカタと青軸を叩く音が聞こえる。
「相変わらず音の良く響くキーボードだな。どうだ?」
「ニュースでは一切そのような情報は落ちてない。SNSの検索結果だが、信憑性のある情報は一切ない。……ねえ禊、その情報は本当なの?」
「俺がジョークでそんなこと言ってると思うか? いろいろと策は練ってたんだがな。目の前で手放さざるを得なかったぜ」
「そうかい。状況は詳しくは聞かないよ。まさかアポロのざわめきがここまで酷いものを予期していたなんて」
「今お前の別人格を相手してる余裕はねえよ。俺よりお前の方が強いってのに、こっちは困ったもんだぜ。……愚痴はこの辺にしといてやる。何かわかったらチャットしといてくれ」
「ああ。わかった禊。僕も少し準備してからそちらに向かうことにするよ。無事でいてくれ」
「おう。それじゃあ――」
「待て!!」
禊は唐突の大声に驚き、思わず端末から耳を離す。
「どうしたいきなり」
「彼ら、動画を公開したぞ」
「なんだと」
「今確認して内容を要約する。終わったらメールで送る。それじゃあ後で」
「あ、ああ」
電話は切られてしまった。
「どうしたって」
蘭は電話を終えた禊に答えを聞いた。
「すぐにメールが来る。そしたら作戦を決めようか」
「そう」
舜月の仕事の速さは禊も信用している。そんな中でも、今日は禊の予想以上に早く先ほど連絡したとおり、映像の内容を纏めたものを送ってきた。
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