第三章「革命家は笑う」-その5
促されるまま、禊は手前の階段を降りていく。長い沈黙、階段を一段一段踏む足が徐々に重くなっていく。ここで解放されるはずなのに、まるで足取りがそれを許さないかのように。二階と三階の踊場に差し掛かるとき、ふと彼の脳内にひとつの省察がよぎる。その時、後ろから銃口で禊を制していた男が口を開く。
「さっきは良くもやってくれたな」
「あそこまで俺とあの子を追い回してたのはあんたか」
「我ながらしょうもない子供だましに散々煽られたもんよ」
「要するに俺がしてたのは視線誘導だからな。子供が扱えるシロモノじゃないぜ」
「そういう張り合い方がガキくせえっつってんだよ」
「オッサンも十二分に張り合ってくれるじゃねえか。保育士気取りか?」
私兵は肩を上げて溜め息をつく。
「超魔核様の言うことは難しくて敵わない」
「お前は非超魔核なのか」
「まあな。わかるだろ?」
「魔法に頼らずにどこまでクズ極められるかってことだろ? そういう連中だってのはさっき調べた。目指してる思想はわかったがその意味がつかめねえな」
「それでいい。どうせあと2分も一緒にいねえんだ。これ以上どうこう言うなよ」
十八段の床を踏み終えて、人工の大地に足をつけた禊。視線だけを左右に動かす。
(もうこの階は全部調べ終えて全員とっつかまえ終えたみたいだな……)
周囲の確認を済ませ、今敵が一人であることを確信した禊は、禊は行動に出る。
「まぁそう言うなって。もう少し長い付き合いになるぉわー!!」
「おい!?」
禊は左足を自分の右足に引っ掛けた。勢いで半回転した禊は、男と視線を合わせながら階段へ落ちていく。男は咄嗟に小銃から手を放し、左手を伸ばした。伸ばされた手は、禊の左手を握ると、地面から四十度程度の角度で禊の転倒を防いだ。
「……死んだかと思ったぜ。手すりを握らせてもらえないとこんなこともあるか」
「これっきりだぞ。早く立て」
男は禊の体を引っ張り上げる。
「サンキュー。それから――」
「ん?」
「――もう少しだけ遊ぼうぜ」
男が、自分の腹に当てられた禊の拳に気がつくのは、この台詞のおおよそ四百ミリ秒ほど後だった。
「なっ……!!」
本来倒れる手前の姿勢から放たれていた拳など、仮に引っ張る力を利用したところで、相手にまともな衝撃を与えることなど無いはずだ。ましてや、こっちは自称だが兵士としてそれなりに鍛えているし、当然ベストも着用している。たかが高校生ごときのパンチなど、ゴーカートでスポーツカーに挑むようなものである。
……ただ殴るための拳であれば。
男がことに気づいた頃には、三メートル後方の壁に突き飛ばされ、背中に衝撃が走っていた。禊が使ったのは魔法だ。
触れた物質に対して単純な加速をつけ、直線的な移動をさせるものである。禊は拳から魔力を放出し、男のベスト、それを通して兵士本人を壁へと直線的に移動させたのだ。
壁に叩きつけられた男は立っていることができず、そのまま床に崩れ落ちる。逃げる時間を確保したことを確信した禊は、そのまま二階の廊下を走り出す。
「また会おうぜ!!」
「クソッ!! 待て!!」
男は、全身に走る激痛に打ち勝ち、小銃を構え引き金を引く。しかし、姿勢を整える余裕も無く、体に力を入れることも難しい状態だったため、すぐに銃の反動に負けて照準が持ち上がってしまう。禊はそのまま、特別教室棟への連絡橋へと走る。彼の後ろからは、続々と階段を駆け上がる足音が迫る。銃声を聞きつけ駆けつけた連絡橋を制圧していた兵士と、その曲がり角で禊が綺麗にすれ違う。
「!? なんだ今の!」
「どうした!」
「俺はいいから奴を追え!! 連絡橋だ!!」
兵士が状況を確認している合間に、禊は特別教室棟へと入った。事情を察した柳が男の元へ現れた。
「逃げられましたか?」
「悪ぃな。ドジったぜ」
「それにしても勘の鋭い少年ですね。きっと私の意図を見破ったのでしょう」
「何か仕掛けてたのか?」
「大したことではありません。ただの口実です」
すると柳は連絡橋へと向かっている兵士に向かって叫ぶ。
「追う必要はありません! 既に目標と人質は確保しています。手分けして行動しているところを一人ずつ攻撃される可能性もあります。大丈夫です。彼は必ず向こうから現れます」
柳の言葉を聞いた兵士達は、追跡を辞め、体育館へと進んでいく。柳は倒れている男に視線を合わせることなく声をかけた。
「しかし、油断したのは事実ですね」
「魔力の流れとか言うのは俺には見えないしな。いや、これは言い訳か。俺のミスだ」
男は自分が組織へ参加した理由、魔法無しで超魔核とどこまで戦えるか追求する、そのことを思い出し、程度の低い言い訳をすぐに訂正した。その姿勢を柳は気に入ってるらしく、少し笑みを浮かべながら手を伸ばす。
「いえ。問題ありません。このまま継続します。あと四十分と言ったところでしょうか」
男はその手を取りながら、よろめきながらなんとか立ち上がる。
「ん? もう女は捕まえたはずじゃ」
「そうですね。ここからはどんどん吹っかけていけます」
柳は先ほどよりも満足げに、賊心のある笑みを見せた。
「なるほど……。アンタも相当汚ぇな」
「勿論です。我々は革命を起こすのですから」
柳の顔を見た男は、それ以上の言葉を出すことが出来なかった。痛みで思考が追いついていないのか、はたまた目の前のスーツを着た者が人ならざる存在に見えたのか、その答えはわからぬまま、一人の兵として持ち場へと戻っていった。
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