第三章「革命家は笑う」-その3
この柳とか言う偉大なる秘書様には聞きたいことは山ほどある。その回答を述べるように、男は続けた。
「葵お嬢様を救助する目的で駆けつけました。数名の敵兵は何とか排除しましたが、此処も決して安全ではありません。すぐに退避しましょう。あなたも一緒に」
「片喰禊です。ですが、時間内に救助が間に合わなければ人質は殺されてしまいます。建物周辺にはセンサーが張られていて、安易に進入できないはずです。あなたはどうやって此処に侵入したのでしょうか?」
「その点はご安心ください。既に進入経路を確保しております」
「それは?」
「3年前工事が中止されたまま放置された下水道です。3年前に区が住宅の増加と下水道の老朽化に伴い、大掛かりな下水道の工事が行なわれていました。しかし、下水道を通す予定だったに箇所に非常に硬い地層が発見され、そこを崩すと近隣の住宅が沈む危険性があることが判明しました。それ以降工事は一時中断されています。下水道はこの校内の地下を通過しており、名残から空調管理室にマンホールがあります。既に武装した超魔核部隊が準備を整え、あと十分程度で作戦が開始できる状況となっています」
辻褄自体は合っている。というか俺が知らない情報のため、嘘とか本当とかそういう判断は出来ない。正直保食の身内という時点で、これ以上疑うのは無駄であるとも思える。
しかし、自分の中で何か違和感を覚える。それは証拠など何一つない小さな疑い、いや、疑いにすらならない小さな引っ掛かり。俺はこの引っ掛かりの答えを模索し始める。
「わかりました。片喰くん、柳さんについていこう」
(いや、違う。どうしてだ? 何を迷っているんだ?)
片喰禊は自分の胸の内の答えを見つけるため、今までに得た情報の全てに問いかけ、残してきた疑問、その回答を全て整理していく。
(『全てが敵と見て逃げる』、そう言ったけどそれじゃない。そんな嫉妬みたいな話じゃない。だが、あいつが言った重要なことがあるはずなんだ)
俺は残る記憶を洗いざらい引っ張り出す。朝食がクソみたいな食べあわせだったこと、勝浩と舜月のしょうもない一言、初めて出会った少女保食葵、その事情、語らったこと、襲撃の存在、追ってきた敵、退けた術、得た情報。辿る、全てを掘り返し、今度は戻る。逆から思い出していく。何故こんなにも、この勘違いで片付けたほうがまともだとさえ思える程度の違和感に突っかかっているのか、自分の中で、今ある情報で、出していない答えを出すことが出来るのか。
数瞬の間に幾百もの検証を重ね、一つの疑問にたどり着く。保食葵の言葉にも気づかず、俺はこれから口にすることを考えていた。
(まず違和感の正体は、こいつが嘘をついているという疑惑だ。証拠はない。しかも俺は空調管理室なんてところに入ったこともない。マンホールなんてのが有るとも無いとも言えない。だからここで必要なのはあいつが敵か否かを判断することだ。進入してきた割には争ったような音が聞こえなかった。正直こんなのじゃなんともいえないけどな)
「片喰くん?」
「さあ葵様、行きましょう。片喰さんも早く」
(一番大きい疑問は、そう。敵の仕掛けてきたタイミング。まるで奴等保食が学校に残っていることがわかっていたようだ。……そう。わかっていたんだ)
柳の言葉に頷いて奴の元へ向かう葵に対して、何か言葉をかけようとする。そうして、ほぼ考えることを辞め、口に任せひとつ質問を投げかける。
「保食、放課後ここに残ることをメールで知らせていたな」
「あ、うん」
「その相手は?」
「柳さんだよ。ですよね、柳さん」
「ええ。それがどうかしましたか?」
この回答を聞き、俺の中にあった謎が解消された。
「……柳さん。さっきの話逆から順に言ってもらえます?」
(奴らの狙いは保食葵、そして保食葵のいるタイミングを知っていた)
「ん? 逆から言うのかい?」
(保食葵が校内に残るという情報は口伝で聞いている俺かクラスの数人、後は頼んできた好宮先生)
「現代の心理学でも完璧に人の嘘を見抜けるわけではないです。ですが、嘘をついている人には高確率で行なうルーチンがあったりします」
(しかし、この中で犯人と思しき人間はいない。クラスの奴は既に帰っているか委員会で残っている奴だけ。好宮先生が犯人ならもっと簡単に身柄を確保する術はあったはず、少し居残りさせて人が消えてから拘束すればいい)
「人は嘘をつく時には嘘の状態を想像します。具体的であればあるほど、逆から順番に言うことができない」
(あとは彼女が校内にいることを確実に知っている人物)
「片喰くん!?」
(彼女自身が連絡を入れた人物)
「そして嘘をついてる時は、時間を稼ぐため言われた質問を繰り返す」
答えへの確信と共に俺は叫ぶ。
「そいつから離れろおおおおおおおおおおおおおお!!」
だが、これは間違った選択だった。答えが合っているならもっと敵の隙を突く術だってあった。答えが出たことで焦ったおかげで、次の策を講じる思考を放棄していた。
安直な咆哮の代償は一瞬にして訪れる。
「え? ……ふぇ!?」
葵が予想外の発言に驚いてる間に、柳の腕が葵の首を包み込む。
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