第二章「食えない姫とナイト様」-その1

 炸裂した音を聞きつけて、片喰禊と保食葵は階段を駆け下りた。校舎四階にたどり着いた二人は、まず周囲の人間に確認を取ろうとする。片喰は走り惑っている一人に話しかける。

「なんだこれは!?」

「テロ部隊だってよ!! 早く逃げろ!!!」

「テロだと!? 目的はなんだ!!」

「そんなの知るか!!」

「最初の襲撃場所は!?」

「職員室らしいぞ!! もういいか!? じゃあな!!」

 焦って名前も知らぬ彼はさっさと走り去った。とりあえずテロが発生したらしいという情報を片喰は得た。

 今までにこの学校がテロに遭ったのは三回。いずれも校内への進入すらまともに出来ないまま鎮圧されている。

 職員室など、それこそ優秀な超魔核が勢ぞろいで、「ごく普通のテロリスト」程度であればまず二倍程度の人数差はもはや差ではない。この学校が抱えている教職員の数は六十人、その中でも超魔核は四十人はいる。八十人もの人間が同時に侵入を図れば気づかれないはずがない。

(昼で教員が外出している隙を狙ったと考えるのが無難か。だが目的はなんだ?)

 考察をしている数秒で、戦況は一気に変化する。禊は自分の思考に気を取られ、階段から駆け上がってくる、重武装特有の足音を聞き逃していた。

「ターゲットを発見したぞ!」

 あがってきたそいつは禊と葵の方を指差しながら声を上げる。

 禊は自分がターゲットにされていると判断した。彼は、自身が状況判断をこなしてから行動を起こすことを、最も苦手としていると良く理解している。だからこそこの男、片喰禊は誰よりも早く行動を起こすことが出来た。唯一パターンとして確定している行動だからこそ、その座右の銘に近いその「決意」だけは、誰にも負けない。

 禊は葵の手を握る。

(三十六計!)

「ふぇ!?」

「逃げるに如かずだ!!」

 逃げ足と言う点では、天性の才を授かったと禊自身考えているらしい。葵の手を引きながら、元来た階段を駆け上がる。先ほど鍵をかける余裕もなく放置した、南京錠を握りそのドアを開け、扉の向こう側へ飛び込んだ。

 追っ手が現れる前に、禊は屋上に追い詰められたときの想定していたパターンを確認する。

屋上は奥行き二十メートル、幅十五メートルをフェンスで囲まれている。入り口から右手に建物の影になる形で、幅五十センチメートル程度、奥行き約二メートルの空間が存在する。

「保食! コイツをそこの隙間のとこに投げてくれ!」

 禊は葵に携帯音楽プレーヤーを渡す。

「わかった」

 葵が隙間の奥にプレーヤーを投げ入れている間に、禊はパイプを伝い壁を登る。

「適当で良い。投げたなら引っ張り上げる。つかまれ!」

 禊は葵に手を伸ばす。葵はそれをつかみ、そのまま引き上げられる。

 十秒を待たず、武装した男達が三人現れる。禊は装備の確認を始める。

(アサルトライフル一丁と左腿に拳銃、右脇にナイフとグレネード二発。弾倉は百五十発分、といったところか? あとは腕章だな。あれは……熊?)

 禊は今の疑問点をとりあえず保留し簡単に確認を終える。

「よし」

 禊が小さく呟くと、彼は携帯電話を取り出す。半年ほど前に出たモデルのもので、端末のみで立体映像の出力可能なホログラム機能を備えている。共有している端末の遠隔操作を行なうアプリケーションを開き、禊はボタンを押す。

 先ほど葵が投げ入れたプレーヤーから、ロックの疾走感ある音が鳴り始める。禊はすぐに音を止める。

「なんだ!?」

 男達が一斉に音の鳴った方向を見る。アイコンタクトの後、三人はゆっくりと、いかにも人一人分のスペースが存在し、頭の悪いガキが隠れそうな場所へと近づく。一人が合図をし、残りの二人はそれをじっと見守る。

「運がなかったなおこちゃま共が!!」

人がいない空間に男が叫びながら飛び込むと同時に、禊と葵は飛び降りる。

「今だ」

 着地と同時に開けっ放しの扉の中へと飛び込む。

「こっちかよ!! クソッタレ!!」

 彼らが振り向く前に禊は扉を閉める。そして南京錠をかけ、近くにあった掃除用具入れで蓋をした。

「すぐ開きそうだが虫かごくらいの役には立つだろ。逃げるぞ保食!」

「うん……!!」

 再び階段を駆け下り、とりあえずの目的でその辺の教室に飛び込む。

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