第二章「食えない姫とナイト様」-その2
(どの道考える時間が必要だ。だがそうは長くない)
まず自分の状況を判断する。
「武装はゼロ。フェイクはもう使った。少なくとも調達は必須だな。保食、何か使えるものはあるか?」
「多分持ってない。携帯電話くらいしかないかな」
「お前の携帯電話には、他人に知られちゃいけないような、例えば友人等の人間関係とか写真とか、そういう情報は入ってないのか?」
「……」
「ならなしだ。フェイクに使うにはそいつは大きい代償だ。今の俺達は文字通り丸腰、か」
状況の整理から、とりあえずの目的は見えた。相手を殺傷する目的ではないにしろ、制圧のために必要な武装がいる。実戦訓練用の武器庫が存在する。武器庫は今いる場所の反対側、特別教室棟にある。禊ひとりで全力疾走を考慮して約一分。相手の位置や数、葵と別れることのリスクを考慮しても、ただ突っ切るのはありえない。複数回潜伏が必要であると予測する。
「目標は二階武器庫だ。ここからは少し時間がかかる。しかし到達しなければ奴らと相対したときの対処手段がない。とはいえ、特別教室棟へ行くには二階の連絡橋を渡らねばならない」
「それってほぼ確実に封鎖されてるよね?」
「ああ。とりあえず今はいい。次に考えるべきは奴らの目的だ。奴らの俺らを発見したときの台詞を覚えてるか?」
「『ターゲット発見』だって、言ってたね」
「そうだ。心当たりは?」
「ありすぎるかな」
「オーケーそれだけで十分だ。目標がこっちなら危険に一番近い変わりに、別のターゲットという危険に近寄る可能性は低い。ならば、要するにこっからはかくれんぼだ」
禊は携帯電話を取り出し、立体地図を展開する。
「まず敵の正体を探る。奴らの組織が分かれば正確な目的も割れる。今後の方針も対応も定めていかなければならない。とりあえず情報処理室へ向かう。このまま四階を端まで突き抜けたところだ」
「うん」
「ただし、直線で教室の中以外にまともに隠れる場所がない。でもやりようはある」
「ねえ、片喰くん」
「どうした」
「いくつか聞いて良い?」
「おう」
「さっき、なんで咄嗟にあんなこと出来たの?」
「想定していた。詳しくは落ち着いてからでいいか?」
「わかった。次に、なんで真っ先に逃げないの?」
「俺だって今すぐ逃げ出したい。これでも逃げ足だけは誰にも負けないと思っている」
「だったら私を置いて逃げれば良いと思うの。目的はほぼ私なんだし、一人の方が動きやすいでしょ」
「目的が俺の可能性もゼロじゃない。俺は魔法適正も学校内じゃ低いし、お前が得意なこと、お前にしか出来ないこともあるはずだ。だから分かれなければならない本当に緊急の場面以外では、出来るだけ誰かと一緒に行動したい。んで、最速で逃げない理由だが、校舎の外が安全であると限らないからな。悠長にお外に出たらまだ蜘蛛の巣の中でしたー、そのままズドン……なんて間抜けは晒したくないからな。相手の規模を、相手が制圧している幅を見てから最善の逃げに徹したい。これじゃ不満か?」
「いや。十二分だよ。ありがとう」
「上の奴らが扉を割る前に動くぞ」
禊は再び葵の手を握り立ち上がる。そのとき初めて自分が女子の手を握り走り回っていたことに気づく。
「……ごめんな。痛くなかったか?」
恥ずかしくなってついつい誤魔化してしまう。しかし、それどころではないことを思い出して片喰禊は真面目な顔に戻る。
「大丈夫。行こう」
保食葵の瞳に迷いはなかった。彼女の覚悟を確認し、禊は教室の外を覗く。
「今ならいないな。可能な限り走るぞ」
教室を四つほど跨いだところで、上の扉が破壊される音が聞こえた。
「来る。急げ!」
彼らにとって、今走るこの情報処理室へと向かう五メートルの距離は、今まで感じたことのないほどの、まるでこの距離を十五分かけて歩かされているかのように長く感じられた。
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