第一章「忘れ去られた防災の日」-その6
「あっ、そうだ」
「ん?」
「今日のお礼に、今度私がお弁当作ってきてあげる」
「なんでまた」
ここまで会話していて思ったのだが、このお嬢様は大分人懐っこいんだなといった印象を受ける。女子と二人でみたいな約束なんて生まれて十七年と二十七日、一度もない。正直この手の話は初めてすぎて、どう受け答えしていいのか反応に困る。
「だって、学校案内してくれる。喫茶店教えてくれる。私の詳しいこと聞かないでいてくれる。普通気になるでしょ? なんで政治家の娘が、いきなりアルファ化して転校なんてしてきたのか」
俺と保食の間に少し今までと違う空気が流れる。
「気にならないといえば嘘になるな。でもそれは聞こうとは思わないな」
「そういうところが私は優しいって感じたから」
「いいか保食。これは優しさじゃないんだ」
俺は食べ終わった弁当を袋に入れると立ち上がる。
「さっきもお前は俺のことを優しいと言った。でもそれは、『優しさ』から来る言動でもなんでもない。俺がしているのはただの保身だ」
そのままフェンスへ向けて歩き出す。これから俺は、彼女に、遠いけれど近くに感じれる存在であるからこそ打ち明ける。俺の本質を。
「俺は人の主張を否定しない。でもそれは、優しさではない。俺はただ、そこに自分の主張を返すことで、否定することで起きる思想の争い、知らなくていい、知りすぎてしまう情報を否定しているんだ。俺は散々取り繕う人生を追ってきた。自惚れてたんだ俺は。自分が才能にあふれていて、誰にも負けないくらい強い、そんな気持ちが中学までの俺にはあって、それは友人とか学校の人とか、仕舞いには家族にまでいい子を気取って、内心見下していた」
保食は静かに聴いていた。
「気づかされたのはここに来てからだ。周りの舞台が整った途端俺なんかより強い奴はたくさんいて、俺なんてちっぽけな存在なんだって心底思い知らされた。その上で、今まで人に嘘をつきながら生きてたんだって。だから俺は正直に生きようと思った。でも、ただ自分の言いたいこと言って、やりたいことやってるだけじゃ何もうまくいかない。この葛藤の答えが、相手を否定しない自分を出さないことなんだ。でも結局、これも『他人には興味ない』って言ってることになるし、結局騙してるんだろうな」
俺はフェンスをつかむ。自分で開き始めた口だが、自分の悪い箇所を良い箇所であるかのごとく喋っているように感じて、少し嫌気がさす。
「ここには、人間関係が嫌になったとき、悩んでるときに来るんだ。あいつら、勝浩と舜月だな。あいつらは俺の本質に気づいてる。俺はあいつらに触れようとしてない。なのにあいつらは俺に触れようと、俺の中身を知って共有しようとしてくれる。それがたまに申し訳なくなる。そんなときにここに来て、外の世界を見てモヤモヤを整理するんだ。だからあいつらにも言ってない。ここを教えたのは、俺を優しいと言ってくれたから。それは優しさじゃないかもしれないから。……なんかごめんな。語りすぎた。思考開示ってのは案外難しいもんだな」
ずっと真剣そうなまなざしで聞いていた保食が口を開く。
「やっぱり片喰くんは優しいよ。自分が人を騙そうとしてるって言ったけど、それを自覚してるなら、それは優しさだよ」
「そうかな」
「そうだよ。私が保証する」
「お嬢様の保証じゃあ受け取らないわけにはいかないな」
俺は作ったように笑って見せた。
「なにその『お嬢様』って?」
保食は少し頬を膨らませた。
暫く見合っているうちに、自分達だけまるでじゃんけんで三十分ほど永遠にあいこをしているような気分に襲われて思わず吹き出した。保食もこの独特の雰囲気に耐えられなかったらしい。
「はー笑った笑った」
「私もこんなに楽しいのは久しぶりかもしれない」
「前の学校はどうだったんだ?」
「うーん。まあ私と似たようなお金持ちみたいなのは多かったね。だから建て前みたいなのがすごく大事みたいで、うわべだけの関係が多かったかな」
「大変そうだな」
「なんていうか、だから片喰くんと私は少し似てるのかも」
「どのへんが?」
「うわべだけの話しかしてなかったところとか、かな。本質に関することはお互い探らないようにしてたし、そういう意味では片喰くんはとってもお金持ち向きなのかもね」
「なんだそりゃ。金がなきゃ金持ちじゃないだろ。うちの女子らもそうだし、大抵の女は似たようなもんだぜ」
「たしかにそうだね」
「なんだそりゃ」
再び二人して笑った。
「これからいろいろ迷惑かけるかもしれないけど、よろしくね。片喰くん」
「おう。よろしくな保食」
俺達はその場で出来上がった奇妙な共通意識に騙され、そのまま握手する。
「よし。んじゃサクッと案内して帰るか」
「そうだね。凄い眠そうだし」
「まあな。訳あって不眠症だ」
「そうなんだ。夏休みで昼夜逆転?」
「いや、慢性的なやつ。さて、行くか」
「いこっか」
俺達は、夏の日差しの中三十分も戯れていた。その暑さに体がやられていたことを、ドアを開けて屋内に入って理解する。
「涼しいな」
「外暑かったね。そういえば文化祭って私達のクラスは何をやるの?」
「メイド喫茶、らしいぞ」
「めいどきっさ……!?」
保食は少し恥ずかしそうな顔をした。
「間違いなく保食さんはメイド服を着せてもらえるでしょうな。おめでとうございます」
「ものすごい初耳なんですけど!!!」
「誰も言ってないしな。自分が雇われる側になる気分はどうd――ッ!!」
強烈な破裂音が耳に響いた。何がなんだか分からないまま一瞬という時間を一分以上にも長く感じていた。
防災の日、今から百四十年ほど前に制定された災害への心構えをするための啓発日。いつの間にか日本国民から、その意識は少しずつ消え去っていた。大抵の災害は現代の科学技術によって未然に防がれるか、もしくは早急な対処がなされるからである。今では避難訓練の形骸化はさらに加速し、訓練を行なうことすらない場所も増えてきた。超魔核試験学校もそのひとつである。
そうして始まる、「防災の日」。これは訓練でも、災害でもないことを知るのはそう遠くない未来のことだった。
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