第一章「忘れ去られた防災の日」-その4

そうこうして、宿題の回収を終え、なんだかんだとしている内に時刻は午前十一時、本日の全ての工程が終了し、放課後の時間がやってきた。早く帰って飯食って寝よう。

 しかし、世の中は眠い男を酷使するのが好きらしく、今日もまた睡眠は出来ないのかもしれない。

「片喰。ちょっといいか?」

 教室を出る為に荷物をまとめていた俺に、好宮先生が足を止めさせた。

「何ですか先生、俺は宿題も出したはずですけど」

「お前、このあと時間あるだろ? 保食に学校を案内してやれ。入室禁止の部屋とかを教えてやってくれ」

「……俺が?」

「ああ」

「何でまた」

「隣の席だし、これからやっていく仲だろう? 嫌なら代役を立ててもいいが」

「まあ、帰って寝たいですからね。優等生で好青年な末洲君とかどうですか」

「あいつはダメだ」

「何故です?」

「いない」

 いつもなら勝浩と舜月と三人で遊びに出るところなのだが、何か匂いを嗅ぎ付けるといつも最速で消えるのは舜月である。ヤツの嗅覚は人間の域を凌駕している。きっとこのあと面倒なことが起きる。しかし、他の人にリスクを押し付けるわけにもいかないか。

……まああと一人くらい押し付ける先があっても良いか。

「なら三咲はどうです? 同性の方が何かと気楽だと思いますし、彼女なら真面目で適任かと」

 俺が適当な理由を述べながら言うと、その本人が後ろから回答する。

「私は学級委員で呼ばれているの。その余裕はないわ。あなた人のホームルームの話聞いていたの?」

「そういえば、お前学級委員だったな。失念してたわ」

 どうやらアテが外れたようだ。これ以上他の人に擦り付けるのはその労力の方が無駄になりそうだ。

「ということで、頼めるか?」

「なるほど……。わかりました。一応本人の意思を聞いてみます」

「私は問題ありません」

 後ろからいきなり保食の声がかかった。

「んじゃよろしく」

好宮先生は用件を伝えると早々に歩いていってしまう。

「良かったのか、保食? 女子とかいたろうに」

「ううん、大丈夫。片喰くんは優しいから。谷敷くん……だっけ、宿題忘れた」

「ああ。アレな」

「助けてあげようとしてたでしょ? 彼のこと」

「うん。さっき俺を切り落としていったりしなければな」

「切り落とす……?」

「いや、なんでもない。どうする? 少し早いけど先に昼飯にするか?」

「そうだね。おひるにしよっか。ちょっと使用人に連絡を入れるね」

そういうと彼女は携帯端末を取り出して、メールを打ち始める。

「使用人!?!?」

「うん、使用人。正確にはお父さんの秘書だけどね。珍しいかな?」

「まあ、俺は始めて聞いた。けど俺の価値観が一般論とは限らないし、この学校なら他にも貴族みたいなのはいるだろうし、なんというか、だな」

「やっぱり片喰くんは優しいね」

彼女は俺に微笑んだ。その笑顔は少し眩しく、それはまるで、寝不足で日光を浴びれば目が痛む俺に、あの痛覚を思い出させるほどだ。しかし、それでいてどこか柔らかい。不思議な感覚が俺を襲った。

「どうしてそう思ったんだ?」

「だって、個人の主張を押し付けないじゃない。お父さんの職業柄、いつでも主語が大きい、自分こそ絶対正義って思ってる人が多いから。気づいてた? 私のお父さん、政治家なの」

「やっぱりそうか。いやぁ、勝浩と舜月がさ――。」

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