第一章「忘れ去られた防災の日」-その3
「ああ、ごめん。どどど、どうした?」
ヤバい。動揺を見せた。殺される。
「ああいや、その……」
「……ん?」
「……名前……聞いてなくて。その、隣の席だから」
予想以上に単純なことだった。ひょっとして、俺を消すために……。
「ああ。言ってなかったっけ? ごめん、俺は片喰禊。保食、だったよな。改めて、よろしくな」
「片喰くん、珍しい名前だね。私もだけど。ありがとう、よろしく」
疑問が解決したことで納得したらしく、彼女は満足げに笑った。……考えすぎか。よく思えば俺が考えてる程度の話は、他の生徒も分かりきってることがほとんどだ。
「そういえば、良かったの? さっきの二人」
「ああ。アレは大丈夫だ。谷敷勝浩と末洲舜月、友の命を軽々しく見捨てるような愚か者だ」
「そ、そうなんだ。面白い友達がいるのね。あとで紹介してね。それじゃあまたあとで」
「ああ。またあとで」
会話を終えると彼女は近場の女子に声をかけて、そのまま歩いていく。俺も追いついて奴らにお灸を据えてやらねば――。
始業式を終えて勝浩と舜月をぶん殴ったあと、寝不足に始業式のつまらない話が重なってちょうど良く睡眠欲に駆り立てられてる俺は、自分の席に座るとわずかな時間をも惜しむように睡眠を試みる。
「本当に不眠症なら眠くても寝れないもんじゃないの?」
「不眠症は寝たいときに寝れない、睡眠の制御が取れない状態であって、睡眠が出来ないことではないのよ。起こすなら好宮さんが来てからにしてくれ、三咲」
三咲蘭(みさきらん)、学級委員で生真面目、何かと俺に突っかかってくるが、よく寝てるのが気に食わないのだろう。おかげでまた俺は寝ることが許されないみたいだ。……帰ったらさっさと寝るか。
「学校で寝ようってのがいい度胸だってのよ。まあいいわ」
三咲は飽きたのかそのまま去ってしまう。
「……目の行き届いていること」
俺が呟くと、後ろから奴らが現れる。
「休み時間の使い方は自由だと思うけどね僕は」
「ああ。正直あてつけとしか思えんからな。てか、良く生きてたな。結局用件はなんだったんだ?」
「名前聞いてきただけだった。後はお前らのことを少し紹介しといてやった、喜べ」
「本名名乗ったのかい……なんて紹介したの?」
「いや偽名即バレるだろ。友の命を軽々しく見捨てるような愚か者ってな」
「ひどい言われようだぜ禊、リスクが迫ったとき最初に切るのは尻尾だろ」
「俺は尻尾扱いか」
「殿だよ。禊にしか任せられない」
「あのなあ……」
「ほれ、ホームルームはじめんぞー。席につけ」
好宮先生の一言で、我々の会話は打ち切られる。
ホームルームはさほど長くなく、宿題の提出と数日先の日程、委員会の呼び出しと文化祭の準備に関して等の内容だった。呼び出しは文化祭実行委員と学級委員の二つ。文化祭の準備は明日以降、九月の二日と三日で行なわれる。四日が学内開催で五日土曜日が一般向け公開日となる。七日は五日の振り替え休日となり通常授業は八日火曜日からである。
全てを伝え終えた好宮先生は、早々に宿題の回収に移る。ここで騒ぎだす一人の男がいた。
「だあああああああああああああああああ!!!」
勝浩は空調の整った部屋の中、一人叫びながら大量の汗を流し始めた。
「谷敷よ、何を叫んでるんだ? 今はまだ自由時間じゃないぞ。まさか、宿題を忘れました~、とか言うつもりはあるまいな? 一応言っておくが、今日提出の出来ない者は文化祭の間に補修が待ってるらしいぞ」
全員が察した。
因みに、好宮紫大先生は究極に面倒くさがりである。基本的に家に帰りたい。そのために素早く業務をこなす。二度手間になるようなことを決して許さないのだ。
「せせせせ先生、いちち一度自宅に帰り宿題をとととと取って戻りお渡しすることはかかか可能でしょうかかかか」
「ほう、一度取りに帰り再度宿題を提出するまで私に宿題の確認作業を待てというのか?」
「畏れ多くてございますが是非にどうかご検討をお願いしたく存じ上げ申します」
「谷敷、お前の敬語が不自由なことは理解した。交渉には条件がいる。たとえば私が待ってやったとして、お前は私に何を提供できる? 仮に宿題の提出を待って預かったとして、お前のノートに書かれた内容は私を感動させ、今後の私にとって有益であると感じさせることが出来ると?」
「それは……。頼むよぉ好宮ちゃん……」
勝浩は無様に跪く。助け舟を出してやっても良いかと思い、口を動かす。が、さっき俺を尻尾扱いしたトカゲの泣きっ面を拝んでやることにした。
「先生」
声を発したのは、以外にも俺の右隣に座る少女、保食葵だった。
「なんだ保食。質問なら先ほど伺ったはずだが」
「宿題を課したのは先生方、ですよね。それを有益ではないと否定するというのは、価値のない無駄なことを生徒にやらせていた、ということですか? 提出期限が『今日』なら、せめて先生がいらっしゃる時間は期限として含めるべきだと思うのですが」
転校生が初日から大分辛いことを言う、と俺は感心した。ゲッ、と言わんばかりに大先生の顔が露骨に歪んだ。なんだかんだで好宮先生はちょっとした正論に弱い。
「……はぁ。谷敷。いつまでに戻ってこれる?」
「二時間あれば!!」
「保食の意見に免じて、今日だけは認めてやる。午後二時までだ。遅れたら受け取らない。それだけは覚悟しろ」
「ありがとうございます!! 好き!!!」
「あんま下らんことを言ってると帰る前に掃除させるぞ」
「はいなんでもありません!!」
勝浩は猶予を与えられた。たまたま今日このクラスに、見ず知らずの人を助けることの出来る人が転校してきて、ヤツは相当運がいい。
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