第7話


 帰り道も、少年たちは騎士に襲われた。残党が、待ち伏せしていたのだ。不意を突かれたが、少年は難なく撃退した。精緻に組まれた陣形こそが、アッサリア騎士の強みだ。個々の力は、少年に遥かに劣る。苦し紛突撃など、手負いでも怖くない。 

「驚いたよ。あんなに、こっぴどくやられたのに、また襲ってくるなんて」

 アガサが頷く。

「鬼気迫るものが有るっているか、なんていうかさ」

 ギョームの死に様が、思い浮かぶ。アッサリアを守るという意思が、騎士団の強さなのか。少年には無いものだった。

 実際、少年は、ここまで危うい展開になるとは思っていなかった。訓練に参加して、そう判断した。しかし、いざ斬り合いになると、彼らは実力以上の力を発揮した。アガサが機転を利かさなければ、死んでいた。

 完全に読み違えた。アガサを危険に曝したことが、情けなかった。力が及ばなかった、というのではない。完全に少年の失敗だった。それも、だいぶ間抜けな類の失敗だ。

 思っていたよりも、騎士団は強かった。そして、思っていたよりも、少年は弱かった。

 魔法が使えないことがバレたのは自分のせいだ、とアガサに言うべきか、少年は迷った。自分の中だけで抱えているのが、辛かったからだ。しかし、思い留まった。

 打ち明けて、アガサの信頼を無くす事が怖かったからだ。

「アガサ。ごめんな。危ない目に遭わせて」

 それだけ言う。アガサは、首を横に振った。

( 大丈夫 )

「……そう」

 少年の、ごめんの意味を、アガサは正しく理解していない。アガサは、少年が自ら騎士団に襲われるように仕組んだことを知らないからだ。

 しかし、少年の心は、幾分、軽くなってしまった。

( それより 今日は どこで 寝る ? )

「あ、そうか。騎士団の宿舎は使えないし……」

 少年たちは、結局、その辺の安宿に泊まった。流石に、騎士団の駐屯所には泊まれない。寝首を掻かれたら、笑えない。

( ボロい 汚い )

「……我慢してよ」

 貴族のような暮らしに慣れてしまったアガサには、普通の宿では満足できない様であった。

「明日か、明後日には出発するんだよ? 早く慣れないと、この先、大変だよ」

 アガサが、ため息をつく。ひゅー、と掠れた音がした。

 翌日、アッサリアの一角、泉の傍の料理屋で、長の会合が開かれて居た。しかし、いつまで経ってもギョームがやってこない。商人の長、探鉱者の長、鍛冶師の長は首を傾げる。傾げながらも、卓上の料理はみるみる減っていく。

 そんな所に、少年とアガサが現れたのだ。長たち顔が、蒼白に染まる。

( 美味しそう )

「……食べちゃダメだよ。ところで、皆さん、お土産です」

 少年が、卓上に、腕輪を置く。素材はただの鉄だが、凝った作りをしている。輪の内側に、剣の意匠が刻まれているのだ。

 少し欠けたそれを見て、鍛冶師の長が言った。

「……それは、俺が作ったものだ。どこでそれを?」

「分かってるんでしょう? ギョームさんを殺して、奪いました」

 それからは、早かった。どうしようもないと悟った長たちは、潔く魔法の剣の隠し場所を白状した。

 それは、街からしばらく砂漠を歩いた場所に有った。かつての坑道跡である。

「……魔法は、この先に有ります」

「分かりました。案内は任せます」

 少年は、案内の探鉱者の長の、手首を縛った。変な気を起こさないようにするためである。鉱山から出たところを待ち伏せされた時、人質にしても良い。

 少年たちは、下へ、下へ、と坑道を降りていく。既に、帰る道は分からなくなっていた。そのくらい、坑道は入り組んでいた。

  罠に嵌めるなら、もってこいだよな。少年は思う。

 しかし、アガサは楽しそうだ。自ら、角灯を持っている。

「探検、気分なのね……」

 アガサが頷く。ふと、探鉱者の長が、立ち止まった。

「……こちらです」

 目の前に、木製の扉が有った。比較的、新しそうだ。

「開けて、先に入ってください」

「……はい」

 長は、手首を縛られたままで、苦労しながら扉を開けた。

 その先に有ったのは、工房だった。設えを見れば、武器を造るための工房だと分かる。なるほど。こんな所に有ったら、分からないはずである。

「アガサ。どれが魔法?」

 アガサは首を振る。

( 全て 違う )

 少年が、長を睨む。

「……い、いや。ここに魔法は有る。嘘じゃない。おい! 出てこい! 早く!」

 すると、部屋の奥から、大男が現れた。面長で、ボサボサの髪を後ろで一つに束ねている。大きなあくびを一つ。

「やー、どうも、シロウさん。そちらの人は? っていうか、何で縛られてるんです?」

( この人 魔法だ )

 アガサが少年の袖を引っ張った。

「人が?」

 アガサが頷く。人が魔法を宿すことは、珍しいが、有りえない事でもない。少年が長を促して、事情を説明させる。

「あー、バレたんすね」

 男が頭を掻く。パラパラとふフケが落ちた。

「あなたが、あの剣を打ったんですか?」

「そうっすね。で、俺はどうすれば?」

「取り敢えず、すでに打ちあがっている剣を、見せてもらえますか?」

「こっちです」

 工房の奥に、もう一部屋、有った。蔵に積まれた酒瓶のように、大小様々な剣が、棚に並んでいた。

 しかし、まともに使えそうな剣が、少年が思っていたより、少ない。

「いやー、ちゃんとした剣が打てるようになったの、最近なんすよ。それも、小さいやつばっかりで。騎士団が使うような、でっかい奴は、まだまだ打てそうにないかな」

 男が、今までで一番の出来だ、という剣を取り出した。確か昨日、ギョームが使っていた魔法の剣は、これくらいの大きさだったはずだ。

「これで、全部ですか?」

「そうっす」

「アガサ。どうしようか?」

( 剣を 打つ 所を 見たい )

 アガサが、ちゃかちゃかと手を動かす。少年は、その旨を男に伝える。

「よござんす」

 男は、さっそく炉に火を入れた。煌々と盛る炎の赤色は、実は何種類もの赤が混ざっている。

「炎って凄いよね。俺、好きでさ」

 男が、炉の中を見つめながら言った。彼の顔を、炎が照らす。

「魔法について、どう思います?」

「別に。……できれば、自分の力で、名刀を打ちたかったかな。……いや。これも俺の実力なのか? ま、どうでもいいけど」

 鍛冶が始まる。細長い鋼の板を、男は、炎に曝す。鋼は、みるみるうちに、灼熱に染まった。

 男が、炉から鋼板を取り出す。それを、鎚で打ち始める。何度も、何度も、ひたすらに鎚を振るう。

 少年は、鎚打つ響きが、妙に澄んでいることに気づいた。まるで、水晶を弾いているような、そんな音だ。しかも、毎回、音階が微妙に異なる。音の伸びも、一音一音、違うのだ。

(そうだ。これは音楽だ。)

 少年は気づいた。彼は、横に立つアガサを、ちらりと見る。彼女は目を閉じて、鎚の奏でる音楽に聴き入っていた。

 魔法は、音楽によって記録され、それを奏でることで発現する。

鎚と鋼がぶつかる度に生まれる音の、音階が、音質が、強弱が、そしてそれらの織り成す旋律が、魔法を組み上げるのだ。

 アガサは熱心に、その音を聴いている。

 彼女は、一度聴けば、その音楽を完全に記憶する。歌姫だからだ。ただ、声が出ないので、記憶しただけで、魔法は使えない。

 今回は、鎚を打つ響きが、魔法を奏でていた。この刀工は、果てしない研鑽の末に、魔法を得たのか。それとも、持って生まれたものか。音を聴くだけでは分からない。

 鍛造は、その後も続いた。

 そろそろ日が暮れたんじゃないか。空は見えないけど。少年がそんな事を考えはじめたころ、アガサが目を開けた。

( 音楽が 一周 した もう 大丈夫 )

「そっか」

 男は、一心不乱に鎚を振るい続けていた。額を、玉のような汗が流れ落ちる。

( 後は 任せる )

「……分かった」

 アガサだけ先に、工房を出た。少年としては、アガサから目を離したくなかったのだが、仕方ない。

 刀工が槌を振るう。その度に、鋼の板から、澄んだ音が溢れ出す。少年は、もう少しこの音を聴いていたいと思った。

「……魔法は、人間の手に余るんですよ。残念だけど」

 少年も、なるべく手早く後始末をすると、アガサの後を追った。

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