第6話

「あなたの負けです」

 少年は言った。

「ボクたちを殺そうとした理由は、見当がついています。魔法を隠していたんですよね?」

「…………守り手殿の実力……見誤りましたな」

 太陽が、一瞬、眩しく光る。それが最後の輝きだった。地平線に完全に沈む。後は、西の空が、静かに赤く、染まっていた。風は、とうの昔に止んでいたようだ。

「……殺さないのか?」

「もちろん、殺しますよ」

 少年は淡々と言う。

「だけど、その前に質問が有ります。何故、魔法を隠したのですか?」

「……ご存知のはずだ。魔法がいかに強力であるのか」

「それは、もちろん。ただ、ボクたちと、歌姫と守り手と戦ってまでも、魔法を欲しかったのですか?」

「……アッサリアは弱い」

「回ってみた感じ、そんな事は無いと思いますけどね。豊かで、物に溢れている」

「金は有るさ。しかし、武力が無い」

 この不毛の地に、大規模な軍隊を置く余裕は無い。軍隊を維持するには、食料も、金も、水も要る。しかも、平時は完全なただ飯喰らいだ。

「アッサリアは、ここらの国の、便利な財布だ」

 アッサリアの外交方針は、要するに八方美人だ。武力がないから、どの国とも事を構えたくはない。そのため、どの国にも良い顔をする。

 それ自体は良い。しかし問題は、周辺で戦争が起こった時だ。

 そうなれば、各国は、アッサリアから戦費を調達しようとするはずだ。ある二国が戦を起こしたとして、アッサリアにしてみれば、そのどちらも友好国なのだ。どちらかを援助する訳にはいかない。援助すれば、もう片方の国を裏切ったことになる。

 では、両方の国を援助するか、もしくはどちらの援助も断るか。その場合、両方の国を敵に回すかもしれない。

 さらに、戦争を始めた国が二国だけとは限らない。これが、複数の国同士の間で戦が起きたら、事態はますますややこしいことになる。

「…………ですけどね、魔法は、人間の意志で使って良いものではないんですよ」

「知ったことか」

「お気持ちは、分かりますけど」

「嘘だ。貴様に何も分からん」

「これでも、いろんな国を見て回っているんで」

「貴様には分からんさ。……帰る場所を持たぬ、名無し風情が!」

 その時、ギョームが少年の膝を押しのけて、立ち上がった。

 少年がギョッとする。彼は確かに、ギョームの右腕を極めている。右手で、ギョームの手首をぎっちりと握りしめている。

 しかし、その腕は、肩までしかなかった。その腕は、ほとんど肩ごと、切断されていた。鎖を編んで作った、鎧までも斬られている。

 ギョームは左手に、細い剣を持っていた。ギョームは右腕を、自ら斬ったのだ。身体と別れた厳つい腕は、未だに暖かい。滑らかな切断面から、ドバドバと血が溢れている。

「アッサリアのために!」

 ガストンの突き込み。切り落とした腕と、流した血の分だけ、ギョームの身体は軽くなっていた。その突きは、今までで一番、速く、鋭い。切っ先が、アガサへと伸びる。

 少年が、アガサとギョームの間に、割って入る。ギョームの突き出した腕を絡めとる。ギョームの勢いをそのままに、背負って投げる。

「アガサ! 平気?」

アガサが頷く。

 少年はふと、背後に殺気を感じた。

 ギョームがよろよろと立ち上がっていたのだ。しかし、立つことだけしか、できなかった。血を流し過ぎたのだ。右肩が、鎖骨の辺りから無くなっている。

 荒々しく息をしながら、それでも少年を睨みつけている。

 それも、長くは持たなかった。やがて、膝をつき、そして、倒れた。まだ生きているのか。しかし、もう助からないだろう。

 ただ、少年はしばらく構えを解けなかった。ギョームの死に様に感じたのは、恐怖だった。

 アガサが、少年の顔をのぞき込んでいた。

「……ご、ごめん。たぶん、終わった」

 少年が、ギョームの傍にしゃがみ込む。確かに、死んでいた。それを確認すると、少年もその場に、寝転がりたくなった。そうもいかないのだが。

 少年は、ギョームが持つ剣を、拾い上げた。それは、アッサリア騎士たちが振り回していた大剣と比べると、遥かに華奢だ。針金のようだ。

 ただ、刃の輝きは異常だ。

 アガサが、少年の袖を引く。

「あ、ごめん」

 少年は、剣に見惚れていた。視線をその切っ先から外すことが、最早、苦痛でさえあった。

「やっぱりこれ、魔法だよね?」

 アガサが頷く。だいたい、寝たままの姿勢で鎧ごと腕を切断するなんて、人間業じゃない。

「一応、確かめておこうかな……」

 少年は、亡骸になっていたギョームの、肩当てを剥がす。板金を叩いて整形してある。なかなかの逸品だ。アッサリア騎士団の団章が刻まれている。

 少年はそれに、切っ先を突き立てる。するりと、刃は、抵抗もなく刺さった。

「うわあ……」

 この切れ味。背筋がぞくぞくする。

 無手であったことが、却って幸いしたのかもしれない。短剣を持っていたら、腕を絡めて投げるなんて、危なっかしい受け方はしなかったはずだ。より確実に、短剣で弾こうとして、魔法の剣に、短剣ごと貫かれていただろう。

( やっぱり 魔法の 剣 )

「相変わらず、物騒な品だよ」

( すごい 切れ味 )

「……まあ、それも有るけどさ」

 アガサが不思議そうな顔をする。

 少年は、この剣を持った時、戦う自分を想像した。このボクが、全てを切り裂く剣を持ったら。そんな想像をしてしまった。魔法の力に、呑まれかけたのだ。

 魔法を勝手に使ってはいけないことは、少年が一番、知っていた。

( 行こう 寒い )

 アガサが言った。既に砂漠は、完全に夜の中に沈んでいた。しかし、砂漠の夜は、意外と明るい。なんせ雲一つ無いので、空は全面、星が張り付いている。

「そうだね」

 アガサが、少年に手を差し出す。少年はその手を取った。

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