閑話

ヴァルくん、初めてのハロウィン

一応時間軸としてはまだ始まっていない二章の前後に位置するものになります。

ですので、少し違和感があるかと思いますがご了承くださいませ。


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 早朝、まだ日が登って間もない頃。

 僕はズァイクに叩き起こされて、眠い目を擦りながらディアトゥリスをかじっていた。

 

「……それで、なんで起こしたの。今日は学校もないでしょ?」


 僕が聞くと、彼は微妙な表情で首を振った。そして、アヴリルの家の玄関の方にチラチラと視線を向けながら、歯切れが悪そうにぼやいた。

 

「あーまあ、学校はないんだが……今日はちょっとした催し物が街全体であってな……」

「聞いたことないんだけど……それって僕が何かしなくちゃいけないってこと?」

「まあ、そういうことになるな……」


 ……嗚呼、ついに休日まで潰されるのか。このままいけば仕舞いには寝る間も無くなるんじゃなかろうか。ふざけた話だ。 僕は思わず小さなため息をついた。

 そういえば、ここ数日は誰も彼もが妙にそわそわしていたな、と思い出した。その時は何がなんだかわからなかったが、なるほどその催し物の準備をしていたからか。なんとなく合点がいく。

 まあ、僕はその内容を知らないからどうすればいいのか全くわからないのだけども。


「で、僕は何をすればいいの?」

「簡単だ。いつも通りアヴリルについていてくれればいい」

「……え?」


 ズァイクの言葉に困惑した。アヴリルについていくのがとても簡単とはいえないという反論は置いておいて、まさかそうなるとは思っていなかった。

 

「催し物の内容に関してはアヴリルから聞いてくれ」

「あ、うん」

「んじゃ、よろしく頼む」


 僕が呆けている間に、ズァイクは話を区切って何処かへ行ってしまった。街の中央の方を向いていたのでおそらく何かしら手伝いをしにいくのだろう。肝心の催し物についての説明をアヴリルに丸投げしていくのは少々気に食わないが、まあ仕方がないか。

 と、そんなことを考えていると、玄関のドアが開いた。そして出てきたのは、奇妙な紋様がデザインされた服をきたアヴリルの両親と……


「ちょっと待って」

「ん〜? どうしたのヴァルくん?」

「……その格好は何?」


 殆ど裸同然と言っていいほど小さな布を体に軽く巻いたアヴリルが、僕の前で仁王立ちしている。側頭部と臀部にそれぞれ作り物めいたツノと尻尾をつけており、体に巻かれた布は股間と胸の一部だけを隠してぴったりとアヴリルの白い肌に張り付いている。

 髪はひとつ結びにして後ろに流しており、目には何か仕込んだのか瞳の色が淡い紫になっていた。


「これ? ふふ、サキュバスの仮装だよ」

「……また何か企んでるの?」


 僕が身震いしながら聞くと、彼女は不思議そうな顔をした。


「え? そんなことないよ〜。……もしかして、今日何があるかズァイクから聞いてない?」

「詳しいことは全部省かれたよ」

「そっかぁ〜……じゃあ歩きながら説明するよ」

「……ありがと」


 アヴリルは、微笑むと両手を上げて抱っこをせがんでくる。僕は彼女を片手で抱き上げると、腕にもたれかけさせた。肌が直に触れているせいで、生暖かい感触が腕全体を包んだ。


     *


 アヴリルに指示されるまま、街の中を歩いていく。その間に説明を受けて、僕はようやく今日の催し物の実態を掴めた。

 今日行うのは、ハロウィンと呼ぶ一種の魔除けの儀式らしい。厄災をもたらす異界の化け物を追い返す、古くからこの地域に伝わる重要なものなのだとか。

 儀式が本格的に執り行われるのは夜。それまでは幼い子供が様々な仮装をしては家々を回って菓子をもらう、ちょっとしたイベントのようなものがある。

 アヴリルの格好もそれに合わせたものということだ。……まあ、もっと別のものにした方が良いのではないか、と思わなくもないのだけど。

 周囲ではアヴリルと同年代の人間がたくさん、僕の仲間と一緒に歩いている。その中には雄もたくさんいるわけで……。


(……うわ、なにあれ)

(すっげえ、殆ど裸じゃん)

(めっちゃエロいな……)

(わかる)


 そのほとんどがアヴリルに視線を向けて興奮していた。人間の雌も過半数がこちらに視線を向けてきており、そこにこもっているのは普段とは違う、羨むような妬むような感情だった。

 人間にとってはアヴリルの格好は相当煽情的なのだろう。普段は何枚も布を身につけて素肌を隠しているのだから、ここまで肌を見せていれば彼らの反応も納得がいく。

 ……まあ、当の本人はそちらに関心がないようだが。


「ねえ、ヴァルくん」

「なに?」

「チューしよ」

「いやだよ」

「えー、なんで〜? ヴァルくんのケチ」


 さっきからずっとこんな調子だ。普段に比べると少し控えめな気がするが、何か企んでいるような気がして全然安心できない。

 僕はアヴリルの猛攻をどうにかこうにか躱しながら、家を回り始めた。


     *


 セインの街の家を大体回り終えた頃には、既に日は傾いて空が茜色に染まり出していた。僕はアヴリルがもらった菓子をつめた袋を持って、相変わらずこちらに迫ってくるアヴリルを抱きかかえながら、家に戻ってきた。

 どうやらアヴリルの両親は儀式を進行する上で欠かせないらしく、今は家にいない。ズァイクとアレイも同様だ。一人で大丈夫かと彼女に聞いてみると、自信満々にうなずいたので、僕は歌詞の袋をもたせて家に入れ、裏手の寝床に行ってさっさと寝た。


     *


 深夜、満月が夜空に高く浮かぶ頃。

 僕は遠くから聞こえる儀式の声を、空を見上げながらぼんやりと聞いていた。早めに寝てしまったせいでこんな時間に目が覚めて、もう一度寝ようとしても寝付けなくなってしまったのだ。

 儀式を見に行ってみようかとも思ったのだけど、入れ違いになるのも悲しいし、何よりアヴリルがやらかさないか心配だから、大人しく寝床で休んでいることにした。

 不思議な響きを持った声だった。リズムに合わせて同じ音を何度も繰り返しているのが、薄気味悪くも美しくも感じられる。一切のズレがないのが余計にそう感じさせた。

 ……と、そこに家のドアが開閉する音が混じった。アヴリルだ。

 彼女は相変わらずサキュバスの仮装をしたままで、こちらにゆっくりと歩いてくる。その表情は、蕩けた笑みで満たされていた。

 

「ねえ、ヴァルくん」

「…………どうしたの」


 アヴリルは僕の問いに答えず、笑みを深めた。

 そして、両手を体に張り付いた布に当てて、


 バッ、と引き裂いた。


「な、何やってるの!?」

「だって、ヴァルくんとするのにこんなのつけてたら邪魔じゃん」

「僕はそもそもする気なんかないからね!?」


 僕は声を上ずらせながら、アヴリルから逃げるように後退りする。だがアヴリルの方が一歩速く、僕の足に掴みかかってきた。

 こうなるともう動けない。下手に振り払おうとすれば怪我をさせてしまうかもしれないから、アヴリルのなすがままだ。

 ……嗚呼、僕はここでアヴリルに初めてを奪われるのか。思わず頭を抱えた。

 アヴリルは僕の下腹部をまさぐってくる。その刺激で僕のそれは意思に反して硬くなり、やがて表に出てきてしまった。


「んふふ……ヴァルくんの……相変わらずおっきい……」


 アヴリルはそういうと、僕のを両手で撫で、頬を擦り付けてくる。生暖かい吐息がまとわりついてくるような感覚もあった。

 そして顔を離すと、口を開けて──


「おう、ヴァルケイン、お疲れ様」

「ひゃっ!?」


 唐突にズァイクから声をかけられて、思わず悲鳴を上げる。僕のモノは急速に萎んでいき、あっという間に姿を隠した。

 後ろを振り向くと、そこにはニヤニヤと笑うズァイクと複雑な顔をしたアレイが。

 ……見られた。思いっきり見られた。


「少し前まではかなり嫌がってたくせに、随分楽しそうにやってたなぁ」

「……」

「お前の蕩けた顔、すごく面白かったぜ」

「あ、あなた、そのぐらいに……」

「もしかして、ちょっとアヴリルに惹かれ始めてるか〜?」

「うるさいなぁもう!」


 からかってくるズァイクに怒鳴り返す。その後は何を言ってきても全て無視して、寝床で目を瞑って横になっていた。

 ……嗚呼、今日も散々だった。

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ドラゴン使いの少女は、今日も相棒にデレデレです。 22世紀の精神異常者 @seag01500319

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