第29話
――ン! ヴァルケイン!」
耳元で響く誰かの声で、僕の意識は急激に引き上げられた。目を開けると、地面が間近にあって、辺りはまだ暗かった。
隣を見ると、レヴァイルが寄り添うように寝そべって、こちらを見ている。その顔には、満面の笑みが浮かんでいた。
どうやら、僕がアヴリルたちを助けてから、さほど時間はたっていないようだ。
「……アヴリルは?」
「あっちで寝てるよ」
レヴァイルの指さす方向を見ると、リーンに抱き着いた状態で気持ちよさそうに眠るアヴリルの姿。
そして、彼女たちの横には……
「……ねえ、一つ聞いていいかな」
「何?」
「…………僕の目が腐ったとかでなければ、あそこで寝ているクローチ、全身に傷がついてないかな」
「ああ、僕がやったんだよ。周囲に迷惑を掛けたら容赦なく説教してくれって、旦那様に言われているからね」
……見なかったことにしておこう。
しかし、起きてから暫く経つのだが、先程着地した時に感じた痛みが全く残っていない。あの感じからして少なくとも全身の骨が可笑しくなっていそうだったのだが、気のせいだったのだろうか。
「……ああ、ヴァルケインの怪我はディアトゥリスで治ったよ。あれ、絞った果汁を掛けるだけでも効果があるらしくて」
聞いてみると、そんな答えが返ってきた。僕が気絶している間、色々処置してくれたらしい。
「ありがと」
「ううん、気にしなくていいよ。元はと言えば僕が契約者にきっちり言い聞かせてなかったのが悪いんだから」
「いや、僕があの時あんな無茶なことしなければ――」
この後三十分ぐらい恩の売り合いをした。
こんなふうに、締まらないまま誘拐事件は幕を閉じた。当事者以外、だれも知る由のない立った一夜の事件。そんな体験をして心身ともに疲れているからか、先程少し眠りについたにもかかわらず、アヴリルの家に戻った途端強烈な眠気が襲ってきた。
僕は二人に挨拶をして、即座に家の裏手に移動して、寄り添って寝るズァイクとアレイから少し離れた所に体を横たえる。
目を閉じれば、数瞬の内に僕の意識は途絶え――
*
――体が熱い。なんだか妙にほわほわして、変な感じだ。
それに、なんだか湿っぽさも感じる。下腹部が生ぬるいお湯に浸っているような、そんな感覚だ。
「……ん、ちゅ……れろ……」
変な声も聞こえる。声質からして恐らくアヴリルだろうか。昨日は大変だっただろうに、早起きだな……
「……ん?」
ここで、僕は言い知れぬ不安に襲われた。
……今僕は、アヴリルの家の裏手にある庭で寝ている。それは良い。問題はその体勢だ。
先日ズァイクが襲われたとき、僕はうつ伏せ、それに対してズァイクは仰向けで寝ていた。
しかし今はどうだ。僕は仰向けで寝ている。そして昨日の夜中、ズァイクはうつ伏せで寝ていなかっただろうか……?
「―――~~~ッ!!!」
慌てて起き上がる。僕の予想が間違っていなければ、恐らく――
「……んむ……あ、ふぁるふんほはほ~……れろ、ぴちゃ」
……あろうことか、先日ズァイクが体験した地獄を、僕が体験することになっていた。
「ぎゃあああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっ!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?」
あらん限りの大声で叫ぶ。全身から血の気が引いて、発汗器官などないのに冷汗をかいたような錯覚をした。
目の端に、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべたズァイクと、ものすごく複雑な表情をしたアレイの姿が映る。が、そちらに気を割く余裕などなかった。
「ん……ふぁるふんひふはひひへへ……」
「ぼ、僕の傍に近寄るなああああぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!!」
「ダゴズ!?」
僕が思い切りアヴリルを突き飛ばすと、意味不明な絶叫を披露して芝生の上に放り出された。それから全身を手ではたいてこちらに向き直り、笑顔を……笑顔?
何だか取り返しのつかないことになった様な気がする。
「もう、ヴァル君ったらそっけないんだから……でも、ヴァル君の一番搾り、美味しかったよ?」
「………………………………うにゅう」
「うわわ、ヴァル君どうしたの――
完全にキャパシティーオーバーだ。僕の意識は再び遠のいていった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
これにて第一章完結と成ります。
第二章はその内……
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