第28話
さて、あれから十分。嬉しい知らせと悲しい知らせが一つずつある。
まずは嬉しい知らせの方からいこう。
あの後クローチにくしくも逃げられてしまった僕たちだったが、十分かけてようやく追い詰める事が出来た。……いや、あそこで取り逃がしたことは見逃してくれ。まさかアヴリルを連れていながらあんな華麗な動きをするとは思っていなかったんだ。
自分の愛する存在がいると力が出るとか、そんなところなのだろうか。まあそれはどうでもいい。
そして、悪い知らせ。
……追い詰めた先が学校の屋上で、今絶賛二人は落ちそうになっている、という事。
……うん、意味が分からないだろう。僕も分からない。何故クローチはわざわざ柵を乗り越えたのだろう。そして何故その時に拘束が緩まっていたにもかかわらずアヴリルは付いて行ったのだろう。更に言えば何故人一人分ぐらいは余裕である足場から落ちそうになっているのだろう。
嗚呼、頭が痛くなってきた。色々想定外過ぎてつらい。
「おい、大丈夫か! 今助けに行くぞ!」
リーンが嬉々とした表情で叫び、二人の方へと駆けていくが、クローチの「来るな! それ以上近づいたらアヴリルをここから突き落とす!」なんていう無慈悲極まりない返答により足を止めざるを得なかった。
いや、アヴリルを自分のものにしたくてここまで来たんじゃないのか。薄情すぎやしないだろうか。
「そして俺も飛び降りて死ぬ!」
……ただのやばい奴だった。絶望をプレゼントしてくれて本当にありがとう。
しかし、これでは僕たちはどうしようもない。ここで引けばアヴリルを助けられないし、しかし近づいてもアヴリルを殺されてしまう。
どうすればよいのだろう。
「……あ、そういえば」
緊迫した空気の中、レヴァイルがふと呟いた。その余りにも緊張感のない声に、怪訝そうな表情でリーンが問う。
「……なんだ、言ってみろ」
「いや、ヴァルケインさ、今沢山ディアトゥリスの実を持ってきてるよね?」
「ん? 持ってきてるけど……ってまさか」
「うん。一回二人には落ちてもらって、その後ディアトゥリスで回復って言うのはどうかな」
……なんて恐ろしい事を言い出すんだ、君は。
僕は少しレヴァイルを見くびっていたかもしれない。吹っ切れた時は結構過激だな、とは思っていたが、ここまでとは。
……しかし、それも悪くはないかもしれない。ディアトゥリスはその果汁だけでもかなりの効果があると聞いているし、落ちて生きていれば有効な案だ。
そう、生きていれば。
その点について、リーンが触れてくれた。
「……しかし、それでは当たり所が悪くて死んだらどうするんだ」
「…………………………」
「まさか、考えていなかったとか」
「い、いや、そんな事はないよ? ちゃんと考えてたさ。ほら、人間たちの間には『じんこーこきゅー』とか『しんぞーまっさーじ』とか、そういう死者蘇生の儀式が伝わっているんでしょ?」
「「…………」」
……嗚呼、どうやら僕の知り合いは、人間だけでなくドラゴンも危ない奴が多いようです。どうしてなのでしょう。
僕はその、じんこーなんたらとかしんぞーなんたらとかいう蘇生術は知らない。知らないが、レヴァイルの反応を見る限り、ぱっと思いついて言っただけの様な気がする。
仮にそれが実在したとして、リーンの反応を見る限りでは有効打ではなさそうだ。
……本当に、こんなんで大丈夫なのだろうか。
と、僕たちが心底しょうもないやり取りをしている間に、クローチ達は限界を迎えてしまったらしい。
「ッ、うわあっ!?」
「きゃっ、ちょっと、私の服掴まないで! いた、いたただだだだだっ!?」
「――ッ!!」
闇夜に響く絶叫。耳朶を打つそれに素早く反応し、僕たちはアヴリルたちの元へと駆け寄った。
だが、僕たちが辿りつくよりも、アヴリルが力尽きる方が少しだけ早かった。
「ひっ!」
屋上の端を掴んでいた手が滑る。空中に投げ出されたその手は、再び屋上の端を掴もうともがくが、抵抗虚しく空を切るだけであった。
「いやああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!」
悲痛な悲鳴が宵闇を咲くように
……嗚呼、クソ。何やってるんだ。
今すぐ助けに行かなければ。だが、ここから飛び降りた所で、アヴリルが地面に到達するまでには到底間に合わない。どうすればいい。
……だったら、無理矢理加速すればいいじゃないか。
「ちょ、ちょっとヴァルケイン!?」
レヴァイルの制止を振り切って、空中に身を投げ出す。そして、地面に背を向けて、真上を向いて口を開いた。
そして、思い切り力を込めて、一吼え。
「ガアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!!」
瞬間、僕の口から猛烈な勢いで噴き出す業火の柱。それは涼やかな色に染まった空を一瞬で眩いほどの赤で染め上げる。
直後、僕の体にまるで上から抑えつけられるような圧力が加わるのを感じた。変な体勢を取ってしまった所為で、無理な力が加わっている翼が痛い。これは、もしかしたら一週間ぐらい飛べないかもしれないな。
豪華の威力で加速した僕の体は、あっという間にアヴリルたちを通り越した。二人ともこちらを見ている。まるで幻でも見たかのような、呆気にとられた様な表情だ。
――無理矢理体を捻り、地面に足を向ける。瞬間、僕の体は大地に到達した。足の裏から脳天まで、一気に激痛が走り抜ける。同時に、強烈な揺れと轟音、そして砂埃が発生した。
痛む体に鞭を打ち、アヴリルたちの真下へ。ついさっき見た表情のまま振ってくる二人の人間を、衝撃を殺しながら片腕で一人ずつ受け止めた。
……どうやら、なんとかなったらしい。良かった、良かった。
僕は、アヴリルが助かった事を確かめて安堵した瞬間、急激に意識が遠のいて、そのまま倒れ込んで気を失う事となった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます