第27話

 慌てて後ろを向くと、そこには一人の人間の雌。人間の中でも比較的小柄な体に何かしらの動物の革で作られた鎧を身に着け、腰には一振りの長剣を差している。

 その人間の正体は。


「……アヴリルの、お母さん……えっと、リーンさん、でしたっけ?」

「あら、名前知っていたのね。ええ、そうよ」


 何を隠そう、アヴリルの母親――リーンである。まさかもうバレたのか、と思ったが、よくよく考えてみれば、今日僕は学校が終わってから一度も戻ってきていない。そして、戻ってきたと思ったらアヴリルを連れておらず、おまけに慌てていると成れば、怪しむのは当然だろう。偶にアヴリルから聞いていた話では、かなり敏いらしいので、在り得ないことでは無かった。

 だが、どうして? 聞いてみると、彼女は胸をはって答えた。


「そりゃあ、娘の危機とあれば駆け付けるのは当たり前でしょう」

「……でも、何があるか分からないよ」

「じゃあ逆に聞くけど、もしドラゴンのあなたが入れないような狭い場所に閉じこもっていたら、どうするつもりだったの?」

「――っ、それは……」

「そんな事があったら困るでしょう? 私を連れて行ってくれればそんな事態は怒らないから、ね? いいでしょう?」


 本来は連れて行く気などなかったのだが……全く引く気はなさそうだし、彼女の言い分にも一理あるという事で、結局連れていくことにした。


「さて、じゃあ早速学校に向かうとしましょう」


 楽しそうにそう呟いたリーンは、次の瞬間にはかなりの速度で走り出していた。僕が走った時よりは少し遅いが、それでもかなりの速さ。僕は慌ててその後を追った。


     *


 あの後、学校まで戻ってきた僕たちはレヴァイルと合流し、状況を説明。向こうも丁度案が浮かんだところだったらしく、すぐに実行に移す事となった。

 なった、のだが。


「ねえ、レヴァイル」

「どうしたの?」

「……街中で飛ぶのは駄目なんじゃなかったっけ」

「うん、そうだね」

「…………じゃあ、なんでこんな方法を取るのかな」


 そう、レヴァイルの思いついた『案』とはすなわち、飛んで塀を越えることだった。思い切りルールを無視している。

 だが、僕の非難の眼差しをしれっと無視しながら、レヴァイルは、


「別に誰も見ていないんだから、大丈夫だよ」


 なんて言ってのけた。……嗚呼、駄目だ。完全に暴走している。最近肉の摂取量が減っているのが原因だろうか。

 そんな僕の心中をレヴァイルが知る由もなく、翼を開いて大きく舞い上がり学校の中へと入っていった。

 ……仕方ないか。まあ、見られなければいい。僕はリーンに背中へ乗ってもらって、同じように飛び上がって学校の中に舞い降りた。

 手に持っているディアトゥリスは、捜索の時に邪魔なので建物の前の広場に置いて、全員で建物の中へ入る。

 人気のない学校を、レヴァイルとリーンとともに歩く。僕たちの足音が薄暗い廊下に響いて、少し不気味だった。


「……とりあえず、しらみつぶしに探しましょうか」


 そんなリーンの提案に乗って、僕たちは三手に分かれて捜索を始めた。


     *


 さて、僕だけで捜索するとなって、まず最初に思ったのは、


「……どこいけばいいんだろ」


 何とも情けない不安であった。

 ……弁明させてほしい。僕はここに来てまだ二か月ほどしかたっていないのだ。学校の中がどうなっているかなど、覚えられているはずがない。

 そもそもこの建物は人間に合わせて作られているのだ。ドラゴンも一応は通れるようになっているが結構ぎりぎりで、通れない所も結構あったりする。

 ……うん、リーンを連れてきて正解だった。僕とレヴァイルだけではどうしようもなかったかもしれない。

 

「……とりあえず、近場から適当に見ていくか…………」


 悩んでいても仕方ないので、すぐ横にある教室のドアを開けて中を覗き込む。

 月明かりが差し込む教室はしんと静まり返っており、誰かいる気配は全くなかった。誰かがいれば少なくとも呼吸音が聞こえる(息を止めていればその限りではないが)はずなので、恐らくここにはいないだろう。

 まあ、それはそうだ。向こうだって流石に僕たちが探しに来るであろうことぐらいは想定しているだろう。であれば、こんな分かりやすい場所に隠れるなんて――


「――あ、いた!」

「げえぇっ! な、なんでわかったんだよ!」


 廊下に響く、レヴァイルとクローチの声。そして、こちらに近づいてくる慌ただしい足音が三つ。

 ……嗚呼、ありがとうクローチ。今回ばかりは気味のアホさ加減に感謝するよ。

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