第25話
「……ねえ、ヴァルケイン」
「うわっ!? な、なんだレヴァイルか……どうした?」
いつの間にか背後に来ていたレヴァイルに耳元でささやかれ、一瞬びくりと体を震わせた後、後ろを振り向いた。
……なんだか深刻そうな表情をして、レヴァイルがこちらを窺ってくる。一体何があったのだろうか。
と、そこまで考えて、思い当たる事があった。
レヴァイルがここにいるという事は恐らく、彼の契約者の人間、クローチも出てきていないのだろう。そして、僕の契約者であるアヴリルも出てきていない。
という事は、つまり。
「……まさか」
「うん……考えたくないけど、多分ヴァルケインの考えている通りだと思うよ」
レヴァイルの言葉を聞いて、僕は大きくため息をついた。
……嗚呼、くそったれ。どうして僕はその可能性に思い至らなかったんだ。
契約した以上は絶対にアヴリルを守るという誓いを破ってしまった。その事実が、僕の心に重くのしかかってくる。
こんなことになるなら、暑さを我慢してアヴリルの近くにいればよかった、だの、そもそも僕がクローチに対してもっと強く当たっていれば引いていたかも、だのという後悔の念が押し寄せてくるが、それらは何の役にも立ちやしない。
「……とりあえず、帰ろっか」
「…………」
レヴァイルが、そんな事を言ってくる。
……嗚呼、そうだ。僕が不甲斐ないばかりに彼にまで迷惑を掛けているのだ。本当に、何をやっているのだろう。
つくづく自分の能の無さに嫌気がさしてくる。
「…………わかった」
ここにいると、おかしくなってしまいそうだ。早く冷静になって対策を考えなければならないというのに、後悔や自己嫌悪の念はどんどんと膨らんでいく。
僕は、周囲に当たり散らしてしまいそうになるのを必死にこらえながら、レヴァイルの後について学校を後にした。
*
街を歩いていると、少しずつ思考が冷静になっていく。家に着くころには、これから自分が何をすべきか考えられる程度には落ち着いた。
……が、しかし。
「……何で僕はここにいるんだろう」
「それは、僕について来たからに決まってるじゃないか」
冷静になった事で周囲に目を向ける余裕ができ、結果また冷静さを失う事となった。
僕は無意識下でレヴァイルの後を付いて行ったため、今いるのはレヴァイル、の契約者たるクローチの家だ。
この家はアヴリルの家とは比べ物にならないほど大きい。まず庭からしてアヴリルの所の二十倍はあるだろうし、家自体も十倍ではきかないほどの大きさだ。
そして、それら全てが丁寧に美しく造られているのだ。何というか、近寄りがたい雰囲気の様なものを持っている。
……嗚呼、本当に何をやっているのだろう。僕はここまでの道筋を全く覚えていないから、本来の家に帰ることも出来ない。
「まあ、多分クローチ以外は歓迎してくれると思うよ。ここに来たばかりの頃から、ヴァルケインの話はしているからね」
「…………そっか」
こうなりゃ自棄だ、という事で、レヴァイルの申し出を受けて
*
さて、クローチ宅に乗り込んだのは良いのだが。
「あらぁ、あなたがヴァルケインね! レヴァ君から色々話は聞いているわ! んっん~話に聞いている通り可愛らしいわねぇ……」
「……奥さん、自己紹介忘れてるよ」
「あら、ごめんなさいね。私はデンウィッシャー男爵夫人のヴィヴィア・デンウィッシャーよ。宜しくね。……はい、これでいいでしょ?」
「……はぁ……また旦那様に小言を言われる未来が……」
「大丈夫よ、私から言っておくから」
「むしろそっちの方が心配……」
……何というか、すごい。
僕たちが並んで通れる程大きな扉をくぐると、その先には細部まで丁寧に作られた煌びやかな空間があった。
仲間内では興味が薄い方だったとはいえ、やはり光り物には引き付けられる。僕の心を刺激するその空間を目に焼き付けようと、あちらこちらを見ていると、奥の小さな扉からその人間は現れた。
細かい模様がふんだんに仕込まれた紫色のドレスを着て、金色の長髪をくるくるとカールさせた、クローチの面影がある人間の雌。彼女は僕を視界に収めるなりかなり危ない表情を浮かべ、こちらに寄ってきて全身くまなく観察し、あまつさえ触ってくるなど、どことなくアヴリルと似たような事をしてくる。
正直、もう帰りたい。
とはいえ、来ていきなり帰るのもどうかと思うし、何より帰り方が分からないので、どうしようもない。
……嗚呼、僕はどうしてこう危ない人間とばかり縁ができるのだ。もう少しまともな人間と関わりたい。
「…………ねえ、奥さん」
「んー? なぁに?」
「……ヴァルケインが引いてるから、もうそろそろやめてあげて欲しいんだけど……」
「駄目よ、まだ満足してないわ」
「………………」
レヴァイルが止めに入るが、彼女は全く聞く耳を持たない。
僕もレヴァイルに視線を向けて助けを求めるが、
(助けて?)
(……ごめん、無理)
思いっきり目を逸らされた。
嗚呼、恨めしや。僕は友に見捨てられたのだ。そうに違いない――
「……これ以上するなら、旦那様に言いつけるよ」
「――ッ、ちょっと、それは駄目!」
「じゃあ、大人しく引いてください」
「……分かったわ」
何と、助けてくれた。
嗚呼、僕はなんて優しい友を持っているのだろう。ありがたや。
だからその『根に持つのはやめろ』と言わんばかりの鬼気迫った表情で見つめてくるのは止めてくれ。
わざと大袈裟に落ち込んだふりをしてぶつぶつと呪詛を吐いた事は謝るから。
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