第22話

「……はぁ、やっちまった」

「大丈夫でしょう? あの子はかなり優しいですから、きっと許してくれますよ」


 静まり返った森の中。風に揺れる草木の葉擦れの音に、二体の声が重なる。

 ドゥーク森林の中、知る人ぞ知る天然の温泉に浸かる二体のドラゴンは、空を見上げながら先程のドラゴン――ヴァルケインと言う名の、新たな家族の事を考えていた。


「そうかね……なんだか割と恨まれてる気がするんだが」

「あれはただの嫉妬でしょう。気にする事はないですよ」

「そういうもんかねえ……」


 言って、苦笑を浮かべる、紅色の体色をした雄のドラゴン――ズァイク。それを、優しい目で見つめる、純白の雌のドラゴン――アレイは、少し思案したのち、呟いた。


「……そういえば、あの子の契約者、確か……」

「アヴリル、か?」

「ええ、そうです。あの人間、どうやら面倒事に巻き込まれているようですが、大丈夫でしょうか?」


 アレイが呟いた、少々物騒な言葉に、ズァイクは苦虫を噛み潰したような表情を向ける。


「ああ、確かクローチとか言ったか? そいつにつきまとわれてるらしくてな……ヴァルケインの話によれば、近々強硬手段に出るらしいぜ?」

「……随分と身勝手な雄ですわね」

「だよなあ……正直、どうなるか分からないから俺も不安なんだよな……」

「そう……ですね。そういう、何かに妄執するような輩は何をしでかすか分かりませんから……」


 網膜に焼き付いた、どこか頼りなさそうな容姿の新入りヴァルケインを思い出しながら、ズァイクは胸中を吐露した。

 それに追従するようにアレイが呟いた。

 と、その時、それに合わせる様に、頭上を件のドラゴンが飛んでいく。

 その手に抱えられた、ディアトゥリスの入ったバスケットを見て、アレイがふと、思ったことをそのままに口にした。


「……あの果実が、必要になるようなことにならなければ良いのだけど……」


 その言葉は、夜の闇に溶けて、誰の耳にも届く事はなかった。


     ●


 アレイからディアトゥリスとやらを大量に貰って、その置き場に困り、結局大半はアヴリルの両親に預けることにした。何せ、果物だから簡単に傷んでしまうのだ。外に置いておくなどできない。

 地面に埋めておけばどうかとも考えたのだが、うっかりその上を通ってしまえばぺしゃんこになってしまうし、もしかしたらそこに木が生えてきてしまうかもしれない。知識がないのでその辺りの判断が下せない為、アヴリルの両親の手に渡ったのだ。

 まあ、正直手元にあっても仕方がなかったので、かなり助かった。幾らディアトゥリスがとんでもない薬効を持っていたとして、それに頼る事になるなんて事はよほどの事がなければ在り得ない。

 詰まる所、ただ味わうためだけに薬草を無駄に消費するという事になる訳だ。

 そんなもったいない事、僕にはできやしない。どうしても、もっと適した瞬間が来るのでは、と考えてしまうのだ。

 そんなわけで、僕の手元には五つほどディアトゥリスが残るのみとなった。


     *


 次の日の放課後。

 今日も僕は、何となく嫌な予感がしてずっとアヴリルの傍にいた。アヴリルにべったりくっつかれて発情されるのは結構精神的に苦痛だが、そんな事を言って後々大事になったらそれこそ嫌なので、頑張って耐えた。

 ……辛かった。

 ただ、その甲斐あって、放課後のクローチの襲撃は撃退できた。と言っても、


「……そこに隠れて何やってるのさ」

「な、っ、何故バレた!?」

「……いや、丸見えだったよ」

「そんなわけないだろう! 折角昨日『雲隠れマント』を買って身に着けてるのに!」

「…………ごめん、そのマント全然機能してないよ」

「…………ちっ、仕方ない。ここは手を引いておいてやる! 次はないからな、覚悟しておけ!」

「…………はあ」


 向こうが勝手に自爆しただけなので、大して苦労することもなかったのだが。

 ちなみにアヴリルはと言えば、クローチと対面している間ずっと僕の背中にしがみついては背中に頬ずりしていた。嗚呼、ものすごく気持ち悪い。

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