第21話
「それで、どういうことなの?」
「うん、簡単に言うとね、私体の契約者――私の方がリーンで、ダーリンの方がダッツって言うんだけど――二人はね、ディアトゥリスの果樹園の管理人なの」
それを聞いて、納得した。なるほど確かに、契約者が管理人であれば、簡単に手に入れられる。
ただ、同時に一つ疑問が増えた。管理人であれば定期的に見に行くべきだろうが、アヴリルの両親にそのような気配は一切ないのだ。その事について聞いてみると、
「ディアトゥリスの果樹園って、かなり儲かるから、今は人を雇って、その人たちに任せているのよ。それと、偶に私とダーリンが見に行っているわ」
そう語るアレイは、どこか誇らしげに胸を張った。それもそうだろう、こんなにもすごいものに関わっていれば、誇りたくもなる。
――……まあ、それなら受け取ってもいいか。そんな気になったので、素直に受け取ることにした。
僕は手を伸ばし、アレイの手に収まっているバスケットを掴む。アレイは、僕の行動を見て満面の笑みを浮かべた。
「……ありがと」
「うんうん、味わって食べてね」
「――ッ……」
受け取る時の笑顔を見て、一瞬取り乱しそうになってしまった。普段の純白の顔に、僅かに紅みが差していて、妙に扇情的に見えたからだ。
別に、僕はアレイの事が好きと言う訳ではないし、アレイをどうこうしようという意思はないのだが……。
「おい、ヴァルケインお前俺の妻になに色目使ってんだ」
「つ、使ってない――」
「言い訳無用」
「うわあぁっ!?」
唐突にズァイクから渾身の一撃をもらった。完全なる冤罪で。ひどい事もあるものだ。手に持っていたバスケットは弾き飛ばされ、僕の横に転がり、中に入っていたディアトゥリスの実を次々と吐き出す。
僕が痛みに悶えていると、アレイがズァイクをたしなめながら、僕の方に寄ってきた。
「もう、ダーリンはすぐ熱くなるんだから……大丈夫?」
「え? あ、は、はい……」
「私のダーリンがごめんね? 悪気はない……はずだから、許してあげて?」
そう言って、僕の体を弄りだす。くすぐったさと恥ずかしさと、ついでにズァイクの怨嗟の籠った視線の恐ろしさで、僕はただ狼狽えるだけだった。
――と、僕の腹部辺りに来ていた手が、止まった。見れば、目立ってこそいないがそこそこ深い傷が出来ている。どうやら折れた木の枝が刺さったらしい。
認識した途端、鋭い痛みが走った。思わず呻き声を上げてしまう。
「う……」
「ッ、いけない! 早く治さないと!」
アレイは、そんな僕を見て、慌ててバスケットから飛び出したディアトゥリスの一つを掴み、僕の口に押し込んできた。
「むごっ、ぐ――」
「はい、飲み込んで! そうすればすぐ治るから!」
「ぐ……っ、はぁ……はぁ……」
碌に噛むこともかなわず、大きな塊のままディアトゥリスを飲み込む。すると、途端に体が何か暖かいもので包まれるような感覚が全身を覆い、数秒後には、腹部の刺し傷を含め、傷口が淡く光り出した。
その光は傷口に染み込むように体に入り込み、その部分の傷をゆっくりと癒していく。まるで時を巻き戻している様に治っていく自らの傷に、僕は驚きを隠せないでいた。
「……すごい……」
「はあ、よかった……大丈夫? まだ治ってない所とかはない?」
「え、ええっと、大丈夫、だと思います……」
心配そうに顔を近づけてくるアレイにどぎまぎしながら、肯定の意を返す。アレイはそれを聞いて、心底嬉しそうな表情を浮かべた。
「よかったぁ……本当に、ごめんね? 私のダーリンが迷惑かけちゃって……」
「い、いえ……」
……気まずい。本当に気まずい。
僕は微妙な空気になってしまったこの場から逃げる為、零れ落ちたディアトゥリスの実をかき集めてそそくさと元来た道を進んだ。
*
あれから一度ビス湖に戻り、ディアトゥリスの入ったバスケットを両手でしっかりと抱え、翼を広げた。周囲の草葉が、突風になびいて揺れる。僕は何となくそれを見つめながら、ゆっくりと、家に戻るために空へ飛びあがった。
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