第20話

「……はぁ……」


 思わず、ため息が零れる。それを見たズァイクは、苦笑していた。


「分かればいいんだよ。別に、完璧な奴なんか存在しないんだからな。俺達の先祖だって、調子に乗って人間に喧嘩吹っ掛けて、こんなことになってるんだろ? たから、もう気にする事はない」

「……そういうものかな」

「……そういうもんだ。これからしっかりと向き合っていけばいい」


 ……そうか。これから、か。

 ズァイクの言葉を聞いて、少し胸が軽くなった。自分勝手な考えかもしれないが、ここ数日の僕のひどい態度が、許されたような気がしたのだ。

 明日の朝アヴリルと会った時、謝ろうか。そんな事を考える。アヴリルは、こんな僕のことを赦してくれるだろうか。表には出ていなかったが、心の内では僕の事を嫌っている、なんてことがあったら、かなり長い間自責の念に駆られてしまいそうだ。

 だが、それも自業自得。甘んじて受け止めるしかない。


「……問題なさそうだな」


 僕の顔を覗き込んで、ズァイクはそう呟いた。


     *


「……折角骨休めに来たのに、こんなんじゃあ駄目だな」

「……そういう雰囲気にしたのはそっちでしょ」


 あれから五分ほどたったが、現在僕たちは途方もなく気まずい空気になっていた。……仕方ないだろう。いつも惚気てばかりいるズァイクがいきなりあんな真面目な事を言い出したのだから、雰囲気がおかしくなっても別段おかしくはない。

 まあその所為で、温泉が微妙に楽しみづらくなっているのだが。本当にもったいないと理解はしているのだが、どうにもこの気まずさは無くならない。


「――お、やっときた」


 不意に、ズァイクが空を見ながらそう呟いた。それにつられて空を見上げると、遠くの方にアレイの姿が見える。

 アレイは結構な速さで飛んできて、僕たちが入っている温泉のすぐ近くに降り立った。両手に何か大きなものを持って。


「ん……はあ、疲れた……」

「お疲れさん、会いたかったぜ」

「ん、お待たせダーリン……」


 ……また始まった。いい加減僕の前で際限なく甘い空気を醸し出すのはやめてもらえないだろうか。もはや怒りを通り越して悲しくなってくる。

 が、僕の心中など惚気だした彼らが察してくれるはずもなく。


「やっぱりあなたの隣は落ち着くわ……」

「俺もだよ……アレイ」

「ん、あなた……」


 アレイを温泉の中に引き入れるなり、熱い抱擁と接吻を始めるズァイク。僕の事は完全に意識の外だ。

 これは僕が席を外した方がよいのだろうか……そう思って、上がろうとしたのだが、湯の中から体を出そうとした瞬間、僕の尻尾にアレイの尻尾が絡んできた。


「ごめんなさいね? 渡したいものがあるから、もうちょっとだけ待ってくれるかしら?」

「……今すぐじゃないの?」

「ん、もうちょっとダーリンの体と匂いを堪能してから……」

「…………そんな事言ってるなら帰るよ」

「ああちょっと待って!? 今すぐ渡すからそんなに怒らないで!?」


 ……嗚呼、全く。渡し物だけなのだから、惚気るのは後にしてくれればいいのに……。

 僕は内心で大きくため息をつきながら、アレイの背を視線で追った。慌てた様子で温泉からあがったアレイは、先程持っていた二つの荷物のうち一つを、僕の方に差し出してきた。それは、そこの深いバスケットに目一杯盛られた果実だった。


「はい、これ。さっきダーリンに頼まれて、レッドオーグ山を超えて採りに行ってたのよ」

「これは……?」

「ディアトゥリスって言ってね、食べるとあっという間に傷が癒える、すごい果物よ。この中に入っているのは全部訳ありなんだけれどね」

「……訳ありと言ったって、そんなものがこんなに簡単に手に入る訳ないじゃないか」


 とんでもない嘘をつくものだな、と呆れてしまった。が、次のアレイの一言で、その気持ちは完全に吹き飛ぶ事となる。


「勿論、私が管理している場所で採れたものだから、問題はないの」

「……え?」


 アレイの言葉が理解できない。アレイが、なんだって?

 混乱している僕をちらりと見たズァイクが、横から口を挟んできた。


「アレイ、その事は話してなかったんじゃないのか?」

「あ、……そうね。ごめんなさい、あなた」

「謝る相手が違うんじゃないかな」


 もうそろそろ心を無にしないと本当におかしくなりそうだ。

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