第17話

 レヴァイルは学校から出てくる僕に視線を向け、腕に収まっているアヴリルに視線を移し、そして、僕の尻尾にとらえられたクローチを見つけて、思い切り目を見開いた。


「――っ! ヴァ、ヴァルケイン!? どうしたのさ!?」

「……あー、コイツがいきなり襲い掛かってきてね。取り敢えずとっちめた」

「あ、ああぁぁ……もう……っ、何やってるんだ僕の契約者は……」


 僕の話を聞いて、愕然とした表情を浮かべ、小声で何かを呟くレヴァイル。暫くの間岩の様にぴくりとも動かなかったが、僕が「どうした?」と声を掛けると、すぐに元に戻った。


「ご、ごめんねヴァルケイン……」

「ああ、いや、気にしなくていいよ。この件に関してはもう未遂で片が付いたんだから。……まあ、次がないとは限らないが」

「……そうだね。一応、家に帰ったら言い聞かせておくよ。どれだけ聞いてくれるか分からないけど……」

「その件に関しては、僕ができるだけアヴリルの近くにいるから気にしなくてもいいよ」

「おお! ヴァ、ヴァル君もしかして」

「話がこじれるから静かにしてて」


 先程まで静かにしていたのに、僕が少し甘い事を言うとすぐに騒ぎ出す。僕はアヴリルの口を手で押さえて、無理矢理黙らせることにした。

「ふぐ、ふぐぐぐぐぐ!」というくぐもった声が聞こえるが、無視した。鼻は塞いでいないので、息が出来なくなることはないから、何も気にする事はない。

 僕は悶えるアヴリルから目を離し、レヴァイルに向き直った。


「……それで、さ。できれば色々聞いておいてほしいんだけど」

「何を?」

「その、アヴリルに付きまとう理由とか、そういう事。流石にここまでくると異常だからね……」


 そう言いながら思い出すのは、先程のクローチの様子。

 一見するとそこまで狂っているようには見えないが、これまでのクローチの言動を加味すれば別だ。

 実のところ、これまでも何度かクローチに仕掛けられる事はあった。僕がこっそりと止めていたので、アヴリルは気づいていないだろうが、この二週間の間で五回ほど、アヴリルはあの雄に狙われている。

 これが発情期を迎えた森の動物だったりであれば、まだ納得はいく。そういうものなのだと、これまで生きてきた中で十分に理解しているから。

 だが、人間にはそういったものはない。……逆に言えば、常に発情期とも取れるのだろうが。現に僕の契約者アヴリルがそうだし。

 とはいえ、アヴリルは例外であり、基本的に人間にはそういった本能的なものはないと、以前ズァイクに聞いた。

 だとすれば、あの異常ともいえるクローチのしつこさは、止むに止まれぬ事情から来るものか、もしくは強い感情から来るものだろう。

 そういった事情が分かるのであれば、それに越した事はない。うまくやれば、穏便に解決できるだろうからだ。ただ問題なのは――


「……うん、分かった。正直に答えてくれるかは分からないけど、頑張ってみるよ……」

「……うん、よろしく」


 ……クローチの契約者は、仲間内でもダントツで温厚なレヴァイルである。正直、クローチに遠慮してあまり聞き出せない、という事になる未来がはっきりと見えた。まあただ、レヴァイルに文句を言うのは筋違いだ。これはそういうものとして考えた方がいい。

 最悪、僕が聞き出すという手もあるにはあるが、契約者でもない僕の言う事を聞いてくれるとは思えない。

 ……嗚呼、本当に面倒だ。どうしてこう、厄介ごとばかり起こるのだろう。人間の言うところで神様とやらがいるのなら、思いきり呪ってやりたい気分だ。

 しかし、ここで考え込んでいても、事態が好転することはないだろう。取り敢えず、今日は早く休みたい。


「……まあ、あんまり無理はしなくていいよ。レヴァイルに何かあったらそれも嫌だし」

「うん、分かった。じゃあ、また明日」

「じゃあね」


 僕はレヴァイルに別れを告げ、アヴリルの家へと向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る