第15話

 さて、僕がアヴリルの玩具、もとい契約者となってから、大体二十日ほどが過ぎた。

 これだけ同じ生活を繰り返せば少しは慣れてくるだろうかと思っていたのだが、全くなれる気配がなかった。相変わらず朝晩のアヴリルの特攻は背筋が凍るし、学校での冷たい視線も居心地が悪い。

 本当に、なんとかならないものか。日々寿命が縮んでいくのを感じて、背筋がひやりとする。

 僕は今日も今日とて、アヴリルに連れられて学校に来ていた。近くを歩く人間達から憐みの目を向けられながら、アヴリルの後を足取り重く付いて行く。

 

「ヴァ―ルー君! だっこして? ね? いいでしょ?」

「……はあ、分かったから執拗にそこに手を伸ばすのはやめてくれ……」

「いえーい! ありがと! ヴァル君大好き!」

「ヴブッ!? ――ッ、はぁ……はぁ……、な、いきなり口に手をねじ込むな……っ!?」

「――ヘ、ウヘヘ、ウェヘヘヘヘヘヘ……ヴァル君のよだれ……はあっ、はあっ」

「ひ…………っ」


 時折、アヴリルに弄ばれながら。

 この二週間で、アヴリルの暴走はとどまるどころかむしろ悪化していた。スキンシップはどんどん過激になり、それも時と場所を選ばなくなったのだ。おかげで僕は『ドラゴンに欲情する万年発情期淫女の生贄』みたいなイメージが早くも定着し、皆僕に同情の視線を送ってくるようになっていた。

 ただ見ているだけじゃなくて、どうにか抑えこんでほしい、とは思うのだが、助けを乞おうとすると皆そそくさと逃げて行ってしまうのだ。人ドラゴン問わず、である。

 薄情すぎやしないだろうか、皆。

 ……嗚呼、つらい。僕はアヴリルを狙うクローチだけではなく、僕の貞操を狙うアヴリルも警戒しなければならないのか。

 改めて現状を認識し、これからの事を思うと、思わずため息が出てしまう。


「ん? 何ため息ついてるの? 大丈夫?」

「あ、ああ……大丈夫だよ、うん」

「それならいいけど……もしかして、私としたくなっちゃったの? 駄目だよ、こんな朝から」

「口に手を突っ込んでついた涎で興奮するような奴に言われる筋合いはないよ」


 ……やるせない気持ちになるのは、これで何度目だろうか。ここまでくると、アヴリルに貞操を奪われるよりも先に心労でおかしくなりそうだ。

 ただ、アヴリルに勘付かれるのは避けたい。せめて、少しでも不安を与えないようにしなければ。

 僕は、先程とは違う意味で漏れてしまいそうになるため息を、ぐっとこらえた。そして、周りのドラゴンたちと一緒に、学校の敷地内へと入っていった。


     *


 あれから大体半日経った。

 今僕は、アヴリルのいる部屋の後方で、縮こまって寝ている。……まあ、例によって暴走したアヴリルを落ち着けるためだ。

 そうなれば当然アヴリルは僕の傍にいる訳で。


「ねえ、ヴァル君……」

「……何さ」

「…………シよ?」

「ねえ、ちょっと暴走しすぎじゃないかな? ただでさえ嫌なのに、周りの目があるとかなおさらだよ?」


 先程からずっとこの調子である。本当に、暴走しすぎだ。

 部屋にいる人間たちは、僕たちのやり取りを聞いて、何か得体の知れない化け物を見る様な視線をアヴリルに、そして深い同情の念を乗せた視線を僕に、それぞれ向けて来た。

 ただ、とばっちりを食らいたくないからだろう、彼らから止めに入ってくることは、数時間経ってついぞなかった。

 止めてほしい、と視線で何度も懇願したのだが、その度に気まずそうに視線を逸らされるのだ。人間と言うのはどうしてこう薄情なのだろうか。

 と、僕がそんな風に遠い目をしていると、部屋の中、僕がいる位置とは正反対の所に立っている、比較的体が大きい人間が、部屋全体に響くように声を上げた。

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