第14話

 十五分程して、香ばしい匂いが鼻をついた。閉じていた目を開けると、アヴリルが両手に何かを抱えてこちらにやってくる。

 

「お待たせヴァル君! ローストオークだよ!」

「ん、ありがと」


 アヴリルにお礼を言って、こんがり焼けたオーク肉を受け取る。

 ……そういえば、何故オーク肉ばかり出てくるのだろうか。この機に聞いてみることにした。


「ねえ、ちょっと聞いてもいい?」

「ん? いいよ?」

「気になってるんだけどさ……どうして僕たちの食事はオーク肉ばっかりなの?」

「……あー、その事ね……」


 聞いてみると、アヴリルは少し言いにくそうにしていた。何か複雑な事情があるのだろうか。


「実はさ……オーク肉って毎日大量にとれるんだよね。それで他の食材よりも何倍も安いから、自然とオーク肉ばっかりになっちゃってる訳なんだけど……、あ、もしヴァル君が食べたいものあったらお母さんに頼んでみるよ」

「いや、そこまでしなくてもいいよ……そういうことなら仕方ないからね」


 やっぱり複雑だったようだ。これはもう仕方のないことだろうから、諦めたほうが身のためだ。

 僕はアヴリルが持ってきた食事を腹に入れ、再び眠りについた。

 アヴリルには丁重に部屋に戻っていただいた。


     *


 次の日。

 

「はあ……はあ……んっ」

「何やってるんだよおいっ! バカ、やめろって!!」


 ズァイクの悲鳴じみた叫び声で、僕は目を覚ました。

 周りを見れば、僕から少し離れた所に仰向けになって、必死の形相で叫んでいるズァイクと、それを不満そうな、悲しそうな、微妙な表情で見守るアレイの姿。

 そして、悲鳴を上げているズァイクのお腹の上には、頬を紅潮させて息を荒くしたアヴリルの姿。

 その手には、微妙に膨らんだズァイクの雄としての尊厳が握られており、


「ん……んちゅ……れろ……」

「うわああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 アヴリルがそれを舐めていた。


「…………………………………………」


 あまりにもグロテスクすぎる惨状に、僕は言葉を失った。

 ……いや、無理もないだろう。意中のドラゴンならまだしも、興味もない人間に自身の一物を舐められたら、死んだほうがましだ。少なくとも僕は身投げする。

 アヴリルが家に戻った後、なんとなく嫌な予感がしたので、うつ伏せになって寝ていたのだが……それが功を奏したようだ。僕は犠牲にならずに済んだ。

 世界の終わりを迎えたかのような表情を浮かべるズァイクに、黙祷。縋る様な目で見つめられたが、僕にはどうしようもない。変にかかわって、自爆するのはゴメンだ。

 それにしても、アヴリルは一向に口を離そうとしない。ずっと水音が辺りに響いて、非常に不快だった。

 ……嗚呼、山に帰りたい。何度思ったかもわからない、叶わぬ願いを口にして、大きくため息を吐いた。


     *


 結局、アヴリルは学校に行く時間ぎりぎりまでズァイクのそれを貪っていた。口のあたりが妙に艶やかに光っている。

 ちなみにズァイクは、精神的苦痛で気を失い、アレイに看病されていた。……その際、アレイも舐めていたのは見なかったことにしよう。


「ほら、ヴァル君行くよ!」

「……あー、はいはい」


 満面の笑みで僕の手を引くアヴリルに、渋々ながら付いて行く。半ばアヴリルの下僕と化している僕に抗う術はない。

 それに、クローチの件もまだ片付いていないのだ。どっちにしても僕がアヴリルの傍を離れる事は出来ない。

 僕はどうにも重い足を引きずりながら、学校へと向かった。


     *


 今日は早々にアヴリルが限界を迎え、殆どずっと教室の後ろのスペースに押し込まれていた。身動きがとり辛い上に周囲の人間の視線が刺さって、非常に居心地が悪い。

 ただまあ、アヴリルは僕のそんな事情はお構いなしである訳で。


「……うー……ヴぁるくん……きもちいよ……」

「……いい加減にしたら?」

「いやだあ……もっとヴぁるくんとくっついてたいの……」


 完全に平常運転である。僕のお腹に寄りかかって、頬を擦り付けて息を荒くしている。

 それを見ていた人間たちから、嫌悪やら侮蔑やら憐憫やらいろいろな感情が雑多に混ざった視線を向けられて、なんとも言えない気分になってくる。

 そんな拷問に等しい時を経て、ようやく解放されてみれば。


「よっし! ヴァル君! さっさと帰るよ!」

「う、うん……そんな焦らなくても」

「早く帰らないとヴァル君を愛でられないでしょ!」

「……ああ、そう」


 これである。僕の平穏な日常はどこへ行った。そうか、この前奪われたのか。目の前の悪魔アヴリルに。

 ……嗚呼、つらい。つらい、が、耐えなければならない。現実は非情である。

 天を仰ぎながら、僕は帰路についた。

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