第13話
「――――――――!?!?!?!? な、なななななななな何してんのさっ!?!?」
「ふー……っ、ふー……くぎゅっ!?」
思わず体を起こして両手で払いのけてしまう。アヴリルは何の抵抗もなく、芝生に吹き飛んでいった。
……本当に、油断も隙も無い。僕に休息の時が与えられることは、これから百年近くの間はなさそうだと、何度感じたかも分からない絶望をもって深いため息をつく。
「いっ、たたた……ヴァ、ヴァル君って、もしかしてサディスト――」
「いやそんな事ないからね!? っていうか、僕が寝てる間に何してんのさ!」
体の数か所に浅い擦り傷を作りながら、なおも発情した様子で迫ってくる。僕が勝手に提唱している『アヴリルの両親はサキュバスとインキュバス説』がじわじわと現実味を帯びて来た。
アヴリルの異常なまでの劣情に少なからず引きながら、僕はアヴリルに、先の事を追求した。
アヴリルは僕の問いを聞いて、何故か一瞬きょとんと首を傾げた後、不思議そうな声音で返してきた。
「え? だって、ヴァル君が認めてくれたから……」
「……え?」
アヴリルの言っていることが分からない。と言うより分かりたくなかった。
僕が、アヴリルに、這い寄る事を、許可した? そんな事、絶対にある訳がないしあってはならない事だ。主に僕の精神と肉体の為に。
そもそも、アヴリルはいつの事を言っているのだろうか。
「ねえ、いつ僕がそんな血迷ったようなことを言ったんだ……? 全然記憶にないんだけど……」
「え、さっき学校から帰るときに、私が『寝床へレッツゴー』って言ったら、ヴァル君が……」
「……えーっと、どういうこと?」
「え? どういう事も何も、そういうことじゃないの?」
……意味が分からない、分からないな。
確かに受け取り方によっては『同じ寝床で寝る』と捉えてもおかしくはないから、万歩譲ってアヴリルがここにいるのは良しとしても、それが何故『這い寄ってもいい』という事になるのか。分からないな。
僕は起きて早々襲ってくる倦怠感に大きくため息をつきながら、アヴリルに言い聞かせる。
「はああ……、全く、僕にはアヴリルの思考回路が理解できないよ。少なくとも、あの時のアヴリルの言葉は僕たちにとってそういう意味を持つ事は絶対にないから」
「じ、じゃあ――」
「それに、そういう意味の言葉を教えてくれと言われても教える気はさらさらないし、もしどこかで知って言われても、絶対に許可しないからね」
「…………ちっ」
舌打ちされた。ものすごく凶悪な表情で。まるで悪鬼羅刹の類いだ。
……分かってくれているかは分からないが、今回の所はこれで終わりにしよう。今は兎に角何か食べたい。
そういえば、今日は夕飯を食べていなかった。かなり遅い時間だが、出してもらえるだろうか。
「ねえアヴリル。今更だけど、夕飯用意してもらえたりする?」
「……ッ、な、何?!」
先程から瞳を濁してぶつぶつと呟いていたアヴリルは、僕が話しかけると慌てて取り繕って、聞き返してきた。一体何を呟いていたのだろう。知りたいとは思えないが。
「夕飯だよ。用意してもらえるなら、欲しいんだけど……」
「あ、うん大丈夫だよ! すぐ持ってくるね!」
再度言うと、アヴリルは満面の笑みで快諾してくれた。その笑みが少しぎこちなかったのは、見なかったことにしておこう。
アヴリルは急いで身支度を整えると、家の方へと勢いよく走っていった。
木の扉が開閉する、軋んだ音が小さく聞こえた後、辺りは再び静寂を取り戻す。
……とりあえずは、なんとかなった。だが、三日目の時点でこれなのに、一体僕の身はどれだけ持つのだろうか。甚だ不安である。
嗚呼、とこの先の生活に不安を抱いて小さくため息をついた後、アヴリルが戻ってくるまでの間、クローチをどうするか考えることにした。
まず、あの人間がアヴリルを攫おうと計画している事。次に、それを学校が終わった後に実行しようとしている事。そして、実行する日は不確定である事。
分かっている事と言えばこのくらいだが、対処は幾らでもできる。単純に、学校が終わってアヴリルと合流した後、目を離さないようにすればいいのだ。
と言っても、僕にとってはそれほど簡単な事ではない。全く持ってアヴリルの言動に慣れないので、どうしても目を背けてしまいがちなのだ。それに、ずっと視線を向けていると、色々誤解されて暴走される恐れがあるから怖い。
ただ、アヴリルが攫われて今以上に大変なことになるよりは幾分もましだろう。ここは僕が我慢する場面だ。
そして、クローチの計画がとん挫した後の、クローチの対処。これは、少し考えて僕がかかわるべきことではないと気づいたので、考えないことにした。
結局、あっという間に結論が出てしまい、かなりの暇ができてしまった。僕はアヴリルが夕飯を持ってくるまで、再び横になって目を閉じた。
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