第10話
――――ん――
遠くで誰かが叫んでいる。何だか必死そうな声だ。
――――るくん!――
その声は段々とこちらに近づいてきている。先よりも余裕がなさそうな声だ。
――と、不意に僕の顔に生暖かい風が吹きつけた。
――ぁるくん! ヴァル君……っ!」
「……?」
急に声が大きくなって、僕は目を開けた。先程まで誰の声か分からなかったが、どうやらアヴリルだったらしい。
近くに視線を巡らせれば、アヴリルが僕の方を向いて顔を赤くして、……赤くして、いる……?
そういえば、なんだか右手の指の先が妙に温かい。今朝はそこそこ冷え込んでいるのでこの感覚はおかしいと思うのだが……。
「――っ、ヴァル君……っ、もう……ダメ……っ!!」
「な、何言ってるの……?」
何だか嫌な予感がして、僕は右手の先へと視線を移した。
そこには、一糸纏わぬアヴリルの下半身と、アヴリルの生殖器と思われる場所に挿し込まれた僕の右手の指があった。
「うわあああああああああああああああああっっっ!?!?」
「ひゃうっ!?」
思わず思い切り手を引いてしまった。若干ひっかいてしまったようで、アヴリルが悲鳴を上げて涙をにじませている。ついでに顔の赤みも増していた。
……いやでも、これは仕方のない事だろう。どうして起きたらいきなりアヴリルの自慰行為を見せつけられなくてはならないのだ。僕と同じドラゴンならいいものを見たと感じるが、人間のそれなどただのグロだ。見たくもない。
……嗚呼、もうこんな状態では、いつ貞操を奪われるか分かったものではないな。恐ろしい。
アヴリルは僕の顔に視線を向け、とろんとした表情で座り込みながらつぶやいた。
「……えへ、えへへへ……ヴァル君に見られちゃった……これは責任取ってもらうしかないよね……?」
「誰がとるか! ふざけないでくれるかな!?」
……もうやだこんな生活。どうして、どうしてこうなった僕の日常は。
ズァイクとアレイに助けを求めようと周囲を見回したが、影も形もなかった。逃げたのだろうか、薄情な奴らだ。いや、薄情なのは僕か? そんな事はどうでもいい。
とにかく、今の僕に救いの手が差し伸べられる事はなかった。
「そんなこといわないでさ……私の初めて、あげるから……ね?」
「人間のをもらったって何にも嬉しくないよ!?」
結局、アヴリルの執拗なアタックは両親が家に引きずっていくまで続いたのだった。
*
どうやら僕は昨晩寝た後全く起きなかったらしく、いつの間にか次の日の朝になっていた。
あの後アヴリルの両親が持ってきた朝食を食べ、今日もやはり学校へ行くことになった。
ちなみに朝食はオーク肉だった。もしかすると、僕たちドラゴンの食事はオーク肉で統一するとか、決まりがあったりするのだろうか。だとしたら少し辛い。僕は結構木の実や葉が好きなので、近いうちに飽きてしまいそうだ。
今度それとなく聞いてみよう。
そんなことを考えながら、アヴリルの後を追って学校の敷地内へ。コンクリート製(来る途中に少しだけ言葉を交わしたのだが、その時に聞いた)の大きな建物の前で別れ、僕は木造の建物へと向かう。
昨日と変わらず、木造の建物の中には沢山の同胞たちがいた。皆、入ってきた僕の方に視線を向け、すぐに背ける。……一部は哀れむような視線を向けてくる。何だかものすごく虚しくなってくるからやめてほしい。
僕はその視線から逃れるように、隅の方に空いたスペースへ向かい、体を横にした。そうして暫くうつらうつらしていると、誰かが僕の傍へと寄ってくる。
「ヴァルケイン……起きてる?」
そいつは僕の横で体をかがめて、申し訳なさそうに話しかけて来た。僕はその声に聞き覚えがあった。
僕は軽く返事をして、頭をもたげて其方を見る。
「ん、起きてるけど……」
「ああ、良かった。実は話したいことがあって……」
予想通り、そこにはレヴァイルの姿があった。
目の前の彼は少し目が虚ろで、瞼が落ちかけている。一体何があったのだろう。
「……どうしたんだよレヴァイル? ちょっと様子が普通じゃないけど……」
「嗚呼、これはただの寝不足だからあんまり気にしなくていいよ」
若干けだるげな声で、僕の問いに答えるレヴァイル。なんとなく、気を抜けばすぐに眠りについてしまいそうな雰囲気を漂わせていた。
気にするなと言われても、どうにも気にしてしまう。が、今は兎に角レヴァイルの話を聞く事にしよう。そう考えて、僕はレヴァイルを促した。
「まあ、レヴァイルが気にするなって言うなら……それで、話したい事って何さ?」
「……うん、その事なんだけどね。実は、
「……それで寝不足か。全く、レヴァイルの事だから全部真面目に聞いたんだろうけど、少しくらい聞き流してもいいんじゃないのか?」
「ううん、そんなこと出来ないよ。そんなことより、その
レヴァイルの話を聞いているうちに、僕は段々と嫌な予感が増してきた。
レヴァイルの契約者である
しかしアヴリルは僕、というよりドラゴンに対して異常な感情を持っており、それ故クローチに振り向く事は天地がひっくり返っても在り得ない。だから、クローチが散々愚痴を零すのは、まあわかる。
だが、その後危ない事を言い出したとなると、いやでも悪い想像をしてしまう。
そして僕のそんな心中は、間違ってなどいなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます