第9話

 なんとなくだが、もうすでに僕がアヴリルの保護者みたいになっている気がする。というのも、今の僕の状況を話せばきっと理解してもらえるだろう。

 今僕は、『学校』の中の、とある部屋にいる。そこにはアヴリルを含め僕たちと契約したばかりの人間たちが集い、老齢の人間からいろいろ教わっているところだ。『教室』というらしい。

 そして僕は、その部屋の後ろ、少しだけ空いたスペースに縮こまっている。

 アヴリルはと言えば――


「うう……ヴァルくん……きもちいよお……」

「……あのさ、僕にばっかり構ってないで話を聞いた方がいいんじゃないの?」

「いやだよお……ヴァル君とくっついてるの…………ぷにぷにきもちい……」


 ……僕の腹にしがみついて、駄々をこねているところだ。他の人間は律儀に決められた場所で座っているというのに、アヴリルだけは僕の腹に体を密着させて離れようとしないのだ。

 その上僕が何か言っても耳を貸そうとしない。そして、僕から離れろ、といったニュアンスのことを言った途端に泣きそうな顔になるのだ。もうどうすれば良いのか分からない。

 周りの視線も痛い。なんというか、出来損ないで怠惰な奴を見る、蔑むような視線が僕たち――というよりアヴリルに刺さっているおかげで、僕も居心地が悪い。

 ……嗚呼、まさか僕はこれから毎日こんな生活を送らなければならないのか。希望が全く持てない。


「アヴリル、いい加減席に着きなさい」

「いやです! ヴァル君とくっついてますから勝手に進めててください!」


 ……視線がさらに冷たくなった。


     *


 結局その後、アヴリルは僕から全く離れないままに帰る時間となった。一秒も、である。僕の心労がものすごいことになった。


「ねえねえヴァル君! 早く帰ろ!」

「…………」


 アヴリルは全く自覚していないようだが。僕に対して気を使ってくれることは果たしてあるのだろうか。お願いだからもう少し自重してほしい。

 そんな僕の胸中の叫びも虚しく、アヴリルは僕の腕を引っ張って走り出す。僕はそれに引きずられるようについていった。

 まあ、何はともあれこれで周囲の冷たい視線から解放される。……その代わりアヴリルにいいようにされる訳だが。

 僕はアヴリルの後に続いて、学校を出てアヴリルの家へ向かう。

 その道中。


「――でね! ヴァル君どう思う?」

「…………」

「……? どうかした、ヴァル君?」

「ああ、いや……なんでもないよ」


 アヴリルに軽く返事をしながら、僕は背後に移していた視線を前に戻した。

 ……そう、僕たちは今、昨日突っかかってきた人間――クローチに尾行されている。お世辞にも尾行とは言えないようなレベルなので、僕は最初から気付いていたが。

 あの人間はまだアヴリルの事を諦めていないようだ。しつこい雄は嫌われるというのは僕たちの間では常識なのだが、人間の間ではそうでもないのだろうか。

 とにかく、あの人間の視線も気分が悪いから、早くアヴリルの家に帰ろう。

 

「……お腹すいたから、早く帰ろう」

「えっ!? ……ほんと? 遂に私の初めてをもらってくれる気になったのね!?」

「いや、さ、そんなこと一言も言ってないから」

「ふ、ふふふふふふふ……遂に、遂にヴァル君と繋がれるのね……! さあ、そうと決まればさっさと帰るよ!」


 ……とんでもない勘違いをされてしまった。これは帰った後も落ち着く事はできなさそうだ。

 僕は嬉々とした表情で手を引いてくるアヴリルについて、足を動かす速度を上げた。

 そうして一、二分もすれば、クローチの尾行は無くなっていた。


     *


 十五分ほど走って、ようやくアヴリルの家に戻ってきた。速く移動したいときは基本飛んでいたので、少し足が痛い。

 僕は家の裏手に回り、体を横たえる。途端、強烈な疲労感がどっと押し寄せて来た。何故か走らないがズァイクとアレイがいないのが救いだ。あの夫婦を見ているとどうしても頭に血が上ってしまう。

 少し横になっていると、疲労感に続いて今度は眠気が襲ってきた。それも抗い切れないほどの。

 僕はそれに身を任せ、ゆっくりと夢の中へと旅立っていった。

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