第7話

「おいおい、お前ヴァルケインじゃねえか! どうだ? お前の主さんはよ」


 一番聞きたくない声だった。後ろを振り向けば、僕の頭に浮かんだ顔が下衆な笑みを湛えていた。

 緑色の鱗に覆われた体に、性格と同様歪んでいる翼。長い首の先にある顔は、妙に棘々しく、その口からは先が折れた牙が覗いている。――ワーヴィレンだ。

 僕と同世代で、よくちょっとした問題の中心になっていたりする。喧嘩沙汰になる事もよくあるので、こいつはいつも体中に傷があったりするのだ。

 こいつは僕の腐れ縁みたいなもので、幼い頃からよくこちらをおちょくってきては僕の反応を見て楽しんでいる。だから接し方は何となくわかっているのだが、どうにも苦手意識が消えないでいた。

 そんな奴が、このタイミングでこの質問。……嗚呼、僕はここでも精神を削られることになる訳だ。僕は心の中で天を仰いだ。


「……別に、どうもしないよ」

「いいや、俺の契約者も話してたぜ? お前の主さんはドラゴンに欲情するド変態野郎だってなあ。お優しいお前さんのことだから、押し切られたりしてんじゃないのか? どうなんだ?」


 こいつの契約者はなんてことを吹き込んでくれたのだ。おかげで僕が多大な迷惑を被る羽目になっている。

 ……これは、一切合切を話さないと解放してはくれないだろう。目が爛々と輝いていて、両手の指もせわしなく蠢いている。僕が逃げ出そうとしたら即押さえつけようという意思が、ありありと感じられた。嗚呼、どうしてこうなった。

 まあ、他の友達に知られることがなければ、話しても良いか。


「……はあ、仕方ないな。誰にも言うな――」

「おっし、お前らー! ヴァルケインの奴が暴露する気になったぞー!」

「――っておいバカ野郎! 何するんだ!」


 盛大に言いふらされてしまった。……いや、こういう奴だと分かってはいた。だが、やはり実際にやられてしまうと絶望感が凄まじい。

 周囲の視線が一斉に僕の方へ集中する。次いで近場の仲間と小声で話し出した。大方僕についてある事ない事言っているのだろう。

 僕は周りの好奇の視線に心を抉られながら、ワーヴィレンへ向き直る。


「……もう言っても遅いから、今回は仕方ないけどさ。本当に、いい加減にしてくれないかな」

「はあ、別に構いやしねえだろ? どーせ後でこっそりばらしちまうんだから、な! だからそんな気を落とすなって」

「……はあ……」


 そういう問題ではないのだが、もうこいつに小言を言うのも疲れた。さっさと全部説明して、空いている場所で寝ることにしよう。


「まあ、その、ね。一言で言ってしまえば『あの人間にとって僕が理想形だった』ってことなんだけどさ」

「そんな事ぐらい分かるっての。お前に対する反応はどうだったんだよ」

「目が濁りきってて、僕が何か反応するたびにエロいだのなんだの言って暴走してたね……その後も事あるごとに僕と密着しようとしたり既成事実作ろうとしたり、もう恐ろしいったらありゃしないよ」


 その時の事を思い出して、思わず身震いをしてしまう。それを見たワーヴィレンは、本当の恐ろしさを分かっているのか分かっていないのか微妙な表情をして、


「おおう……そりゃすげえな。そんで、その後はどうなんだよ。まさかそれで終わりじゃねーよな?」

「……ん、まあ終わりじゃないけどさ」

「なんだ? 言いづらい事でもあったのか?」

「……実は今朝、起きたら口の中に舌をねじ込まれてた」

「……」

「……」

「……マジ?」

「うん、マジ」

「……あー、なんつうか、お疲れさま」


 ……流石に行動に移しているとは思っていなかったようだ。ワーヴィレンも、周囲の野次馬達も若干引いている。と言うか僕に同情と忌避の視線を向けてくる。僕が一体何をしたというのだ。

 ……嗚呼、このそこそこ居心地が良い場所も、これからは居心地の悪い場所になるのか。本当に、僕の居場所なんてなかった。

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