第6話

 ……来てしまった。

 来てしまったのだ。学校に。

 本当は一体で昼寝をしていたかったというのに。


「さっさと諦めてよ、他の皆も同じなんだからさ。それに、会おうと思えばすぐ会えるんだから」

「……はあ……」


 そう言われると何も言い返せない。当たり前の話だが、いくら人間が僕たちとの契約を神聖視しているとはいっても、それで僕たちが好き勝手できる訳ではない。僕には学校に行く以外の選択肢はないわけだ。

 あと、会いたいと思うことは微塵もないだろう、それは断言できる。むしろアヴリルが会いたいと言って暴走しないかどうか心配だ。

 ……嗚呼、まさか本当に片時も離れられないとは、僕の心はいつか壊れてしまう。いや、心が壊れる前に体が壊れるだろうか。どちらにせよ最悪の事態であることに変わりはない。

 僕はアヴリルの後について、高い石壁で囲われた広大な地に足を踏み入れた。ちなみに、僕たちドラゴンは人間の街の中で飛ぶのは基本ご法度らしいので、文字通り足で歩いている。それを見てアヴリルが何回か暴走したのは……言うまでもないだろう。

 僕が百体入っても余裕がありそうなほど広い平地の向こう側には、アヴリルの家百軒分以上はありそうな巨大な建物がある。あれが『学校』というところなのだろう。アヴリルの家と比べて幾らか角ばっており、上面は平らになっていた。

 周りを見れば、僕と同じように人間と契約したドラゴンが、契約主であろう人間と歩いていた。……なんだか皆割と表情が晴れやかだ。きっと僕みたいな心労などないのだろう、羨ましいものだ。

 暫く歩いて、ようやく建物の前まで来た。こうして近くで見ると、その異常な大きさが理解できる。建物の全高は僕の約三倍近くあり、横幅はさらにその数倍近くあった。材質は木でも石でもない。石に近い様な見た目ではあるが、明らかに石ではなかった。

 ――嗚呼、僕たちの先祖はこれほどの技術を持った相手に喧嘩を売ったのか。どうして負けたのかと疑問に思う事もあったが、ここにきてようやく納得した。

 人間の街の規模だったりアヴリルの家の作りの緻密さだったりを見てうすうす感じてはいたが、人間はかなり高度な技術を有しているようだ。バカの一つ覚えの様に特攻していたらしい――これは当時の長が話していた――先祖では負けて当然である。

 

「んじゃあ、ヴァル君は向こうね」

「……へ?」


 僕が先祖に対する評価を下げていると、唐突にアヴリルから声を掛けられた。アヴリルを見れば、目の前の建物とは別の方向を指さして、どこか物悲しそうにしている。

 アヴリルが指を指している方向には、目の前の建物より一回り大きい木造の建物があった。周りを見れば、他のドラゴンも人間と別れてそちらへ向っている。

 今言われた事と周囲の状況を鑑みれば、僕はその木造の建物へ行くべきなのだが……


「……うう……ヴァル君と離れ離れ……」

「……」


 アヴリルの精神は持つのだろうか。僕としては大歓迎な状況なのだが、アヴリルに暴走されて変な目で見られては困る。


「……? ヴァル君、どうしたの?」

「え? ……あ、いやなんでもない」


 ……いけない。アヴリルの事を見つめていたら、何と勘違いされるか分かったものではない。今後気を付けなければ。


「も、もしかして私と離れ離れになるのが嫌になって……?」

「いやそんなんじゃないから」

「だ、大丈夫だよ! 家に帰ったらたくさん甘えていいんだからね! 何なら私に愛でさせてよ!」

「……」


 ……また始まってしまった。こうなってしまえば僕にはどうしようもない。

 僕は暴走して周囲から白い目で見られているアヴリルを置いて、木造の建物へ向かった。もうアヴリルに付き合ってられない。


     *


 木造の建物に着くと、そこには沢山のドラゴンが思い思いにくつろいでいた。中はレッドオーグ山の高原を模した空間になっており、空気も外と比べて若干だが冷えていた。非常に良くできている。

 だが、所詮はまがい物。天井は高いがないわけではないし、草原の端が森につながっているわけでもない。僕としては微妙に居心地の悪い空間だった。

 まあそれでも、アヴリルの家の裏で寝るよりは、色々な意味で落ち着けるだろう。そう思って開いている場所を探していると、不意に背後から話しかけられた。


「おいおい、お前ヴァルケインじゃねえか! どうだ? お前の主さんはよ」


 一番聞きたくない声だった。後ろを振り向けば、僕の頭に浮かんだ顔が下衆な笑みを湛えていた。

 緑色の鱗に覆われた体に、性格と同様歪んでいる翼。長い首の先にある顔は、妙に棘々しく、その口からは先が折れた牙が覗いている。

 


 ――ワーヴィレンだ。

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