第5話
「うおおぉぉぉぉぉぉい!? な、何やってるんだよ!?」
「ん? あ、おはようヴァル君!」
僕が動揺して声を荒げると、アヴリルは一瞬不思議そうな表情をして、その後笑顔で挨拶をしてきた。
朝からいきなりディープキスをしてくるとは夢にも思わなかった。全く、油断も隙もない。
……まさか、まさかとは思うが、これが当たり前だとか、言わないよね? 朝からいきなり人間に口の中へ舌をねじ込まれるなんて、正直天地がひっくり返っても在り得ない。
「おはよう、なんてのんきに言える状況じゃないよ!? 何してるのさ!」
「え? 何って、ヴァル君とのディープキスだよ」
当たり前の様に言われた。
「やめろよ! なんで、なんで僕の許可なしに……!」
「あ、この後下もなめてあげるから、ちょっと待っててね」
「やめろって言ってるだろ!」
この雌には恥じらいと言うものはないのだろうか。幾ら何でもここまで劣情を露わにする奴は、僕たちドラゴンにもいない。それとも、人間と言うのは皆そういう者だったりするのか。そう考えたらぞっとした。
「ええぇー? 別にいいじゃん、ヴァル君は私と結ばれたんだから、ね?」
「良くない!」
結ばれたは結ばれたが、そういう意味じゃないだろう。そう言ってやりたかったが、なんだかもう疲れた。まだ朝起きたばかりだというのに。
……嗚呼、もしかしたら僕は、一年もしないうちに疲労で死んでしまうかもしれないな。精神的疲労でその命を落とすドラゴン。情けないったらありゃしない。
と、そこで僕に救いの手が差し伸べられた。
「アヴィー? ご飯できたわよー!」
家の方から、アヴリルを呼ぶ声。恐らく声色からして彼女の母か。
アヴリルはその声を聞いて一瞬顔を顰めたものの、やはり親には逆らえないのだろう、名残惜しそうにしながらも家へ戻っていった。
ようやく一人になれた。だがどうせすぐに戻ってくるに決まっている。食事の時間程度では、短すぎて何をするにも中途半端になってしまいそうだ。
……こんな事では、僕は本当に駄目かもしれない。僕は、僕とアヴリルを引き合わせた運命の神様を、精一杯呪った。
「……お前も大変だな」
不意に背後から声をかけられた。僕は予想外の声に驚きながら振り向く。
そこには、僕よりいくらか年上のドラゴンが、二体並んでいた。体をくっつけて、周辺の空気が桃色になっている。焼きたい。
「……だ、誰です?」
「ん? ああ、そういえば昨日の晩はいなかったから、顔を合わせていなかったな。俺は、あの人間の娘の父親と契約した、ズァイクってんだわ。そんでこっちが」
「アレイと言います。私はあの娘の母親についていますの。これからよろしくね」
「……よ、よろしく」
どうやらアヴリルの両親の下僕らしかった。どうしていないのかと疑問に思っていたが、ちゃんといたようだ。
それと、せめて自己紹介の時はいちゃいちゃするのをやめてほしい。僕の心が持たない。
まだそういうことは何も言われていないが、この二人の空気感を見れば関係は一目瞭然だった。
「そうそう、実は俺たち、夫婦なんだわ」
「そうは見えないかもしれないけどね?」
うん知ってた。だって空気が桃色なんだもん。さっきからすっごい体くっつけて頬染めてるんだもん。誰でもわかるよ。
……嗚呼、僕はこれからアヴリルだけでなく、こいつらにまで心を抉られることになる訳か。寿命がものすごい勢いで縮みそうだ。
敵が増えた。
「……それで、僕に何か?」
「ああ、なんか、これまでのことを思い出しちまってな……」
「……もしかして、あなたもアヴリルに?」
「……そうだよ。思いっきりナニを舐められたわ」
前言撤回。ズァイクは敵ではなかった。むしろ同士だった。
「まったく、私のダーリンを寝取ろうなんて、ふざけた奴ですのよ!」
「そんなに怒るなよ。俺はお前がいればそれだけでいいんだ」
「……またそんなこと言って…………大好きよ、あなた」
「ああ、俺もだ」
……やっぱり敵だ。いくら同じ経験をしているからといって、現行で彼女だったり嫁だったりといちゃいちゃできる奴は、全員敵だ。
「……そんな睨まないでくれよ」
「いえ、睨んでませんけど」
*
それからしばらく、僕はズァイクとアレイと話して、時間をつぶしていた。その中で、衝撃的な事実が発覚した。
どうやら人間たちは、僕たちドラゴンとの契約を神聖なものととらえているらしく、僕たちをこき使うような人間はほとんどいないらしいのだ。中にはそういう者もいるが、そういう者は基本的に周りから冷たくあしらわれるようになり、生きていけなくなってそのまま野垂れ死ぬケースもあるとのこと。
そして、あの山に帰ってこないドラゴンは、軒並み契約した人間の一族に生涯仕えると誓って、人間の町で暮らしていると言っていた。
……まあ、つまり、僕のおぞましい想像は全くの虚構だったというわけだ。勝手にひどい妄想をしてしまって、人間たちには本当に申し訳ない。
そんな衝撃の事実を知って愕然としている時、朝飯を食べ終えたらしいアヴリルが駆け寄ってきた。
「ヴァル君っ! 学校に行くよ!」
「……へ?」
どうやら『学校』とやらに行くらしいが、そこに僕は必要なのか。
先ほど僕の想像を粉みじんに打ち砕かれた故自信がないが、聞きかじった知識では『学校』というのは人間たちが様々なことを学ぶためのものらしい。
僕が、というか僕たちドラゴンが行く必要性を全く感じなかった。
「それでも行くの! そういう決まりなんだから!」
「……ホントに?」
「ホントだもん!」
……どうやら逃げ場はないようだ。
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