第3話
「本当さ。僕は嘘をつかない」
「そう……」
「だから、ほら早く!」
「でも断るわ」
「――ッ!?」
前言撤回。弱くなかった。
はっきりと拒絶されたクローチは、まるで想定していなかったかの様に、目を丸くして口を半開きにしている。それだけ自信があったのだろうが、何故アヴリルを落とせると思ったのだろう。この人間の狂気を見れば、どう頑張ったところで人間に対してそういった感情を持つことはないと思う。
「だって、貴方魅力ないもん。私の彼女になりたいんだったら、まずはドラゴンになって出直してきてよ」
随分と辛辣だった。僕も友人と喧嘩したときなんかは暴言を吐いたりもするけど、それに比べてもえげつないものがある。嗚呼恐ろしや、人間とはこうも残酷なのか。
そして人間に対して『ドラゴンになれ』などと言うとは思わなかった。アヴリルの狂気はここまで重傷だったか。いや、分かっていたが。
『魅力がない』と面と向かって言われてしまったクローチは、元々白かった顔をさらに青白くさせていた。
ふと周りを見れば、先程まで押し問答状態だった人間(と、ドラゴン)たちは、離れて円を作り、僕たちの事を遠目で見守っている。これじゃあ完全に見世物だ。一度の身ならず、二度も見世物になるのか。
ほかの友達が群れからはぐれて森を出てきたウルフを見る目でこちらを見てくる。だからこっち見るな。
とにかく、今はこの場を離れた方が良さそうだ。
「アヴリル……もう行った方がいいんじゃないか?」
「ん、そうね。早く帰ってヴァル君といちゃいちゃしなきゃ」
「していいっていってないけどね……」
「え? 駄目なの? そんなこと言うなら一週間ご飯抜きだよ?」
「……」
目的の為なら手段を択ばない奴だった。飯を引き合いに出されてしまえば、従うしかない。一か月後には完全に手籠めにされていそうな気がして背筋が冷たくなった。
とりあえず、さっさとここを去ろう。僕はアヴリルに続いて、輪の中心から外れていった。
が、誰かが尻尾を掴んでいる。振り向いてみると、はたしてそれはクローチだった。
「お願いだよ……アヴリルの事を説得してくれないか……? 君だって、アヴリルに対して恋愛感情はないんだろう? なあ頼むよ、僕と付き合うように説得してくれ……ッ!」
目を血走らせて、息を荒くしながら、切羽詰まった様な声で懇願して来た。僕としては、アヴリルが人間の雄と番になってくれる方が良いのだが、正直この雄の場合面倒事しか残らなさそうだ。
それに、説得しろと言ったってそれは土台無理な話だ。アヴリルの狂気が抜ける事は絶対にない。まだ会って一時間も経っていないが、確信を持って言える。アヴリルの偏愛は治らない。
「……それは無理だと思うよ」
「なっ!? そんなわけないだろう!」
「いいや無理だ。あれは絶対に治らない。まだ僕は彼女と会って一時間も経ってないけど、それだけは確信を持って言える。治らないって」
「そ、それはお前の勝手な決めつけだろう!」
「そうかもね。だけど、どうにかしてほしいのはこっちだって同じだよ。恐ろしいったらありゃしない。でももう僕は諦めたから。だから、君もさっさと諦めてよ」
「そんなこと言わないでさあ……ッ!」
無理だと言っても、全く引き下がってくれる気配がない。
僕は視線でレヴァイルに助けを求めたが、彼は首を横に振った。口出しをするなとでも命令されているのだろうか。
ともかくこれで味方はいなくなった。元からいないに等しかったが、正直これはつらい。
……無理矢理引きはがすしかないか。
僕は無言でクローチの体を掴むと、勢いよく引っ張った。人間がドラゴンに純粋な腕力で勝てる訳もなく、あっさりと尻尾から離れる。
「な、何をする気だ! は、離せ!」
「君の事はレヴァイルに預けるから。ゆっくり頭冷やしててよ」
「ふ、ふざけるな! そ、そんな無慈悲な――うわっ!?」
流石にイライラして来たので、僕はレヴァイルの方にパスした。放物線を描いて宙を舞うクローチ、その体はきれいにレヴァイルの腕に収まった。……爪に引っかかって纏っている布が破れてしまったようだが、見なかったことにしよう。
「ナイスキャッチ」
「ん、……なんか、ごめんね? この子に、やることに口出すなって言われちゃってたから……」
「気にしなくていいよ。んじゃ、気を付けてな」
「うん。ヴァルケインこそ気を付けて」
軽くレヴァイルと話をして、その場を去った。
アヴリルの元まで戻ると、彼女は頬を思い切り膨らませて、恨みがましく睨み付けてきた。
……何だ、今度は何なんだ。
「もう! 勝手に私の傍からいなくならないでよ! ヴァルは私のおも……相棒なんだから」
今恐ろしい事を言いかけていなかったか、この雌は。一体どこまで僕の生を管理すれば気が済むのだ。
「次勝手にいなくなったら、一か月ご飯抜きだよ!」
「うぐ……」
一か月飯抜きなんてされたら、飢えて死んでしまう。逃げ場なんてどこにもなかった。
僕はその後、ずっと機嫌を損ねたままのアヴリルを必死になだめながら、彼女の後を付いて新しい寝床へと向かっていった。
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