第9話
新入り全員に一人ずつ案内役をつける。私は黒い長髪が美しい女の子の担当になった。「よろしくね」と声をかけたものの、その子は内気で目を伏せて俯き加減に話すため上手く返事を聞き取れない。私よりも背が高い、おそらく年上だろう。「行こう」と彼女の手を取った。ひんやりとした細く長い指が、ぎこちなく私の指に絡まる。
「成未って呼んで」
「……私は香織」
私達はしばらく辺りを散策した。途切れ途切れの会話の中で彼女は自分のことを話してくれた。
香織は少し前に妹を亡くした。それまでは姉妹で親戚の家に居たが、一人になった香織はここへ送られた。理由は聞かなかった。自分の運命に疑問を抱いたところで仕方ないと考えた。
私は大切な人を失う悲しみを想像しきれなかったため上手く言葉を返せなかった。ありふれた温かい文言は思いついていた。しかし、友人に借り物の言葉を使うのは誠実さに欠ける気がした。
学校では飼育係をしていると聞き、兎小屋へと案内した。
「何を育ててたの?」
「カメを飼ってた。元々先生のペットだったんだけど、自分で育てるのが面倒になって学校へ連れて来たんだよ」香織が初めて私の方を見て微笑んだ。
敷地の端に兎小屋は建っている。だいぶ古くなっているが修理する人がいないので、日に日にみすぼらしくなって行く。
人懐っこい灰色の兎が寄って来て、鼻や額を懸命に金網に擦り付けている。香織に野菜の端くれを渡した。香織は恐る恐る野菜を金網に通す。
「おいしそうに食べるね」
「うん」香織が頷いた瞬間、髪に光の筋が通った。
彼女を小屋へ入れてあげようと思い、鍵を取りにその場を離れた。鍵は優子に事情を話せば貸してくれるだろう。構内を無闇矢鱈に歩き回るより、彼女の好きなことをしている方が良い。この先、いくらでも見て回る時間はあるのだから。
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